小説 川崎サイト

 

福チャン

川崎ゆきお


 インディーズ系のイベントでよく見かける男がいる。愛称は福チャンで、名の通り福々しい顔をしている。大きく分厚い耳たぶ、下膨れの顔で、しかも大きい。会場の後列にいても前列にいるように見える。遠近法の壁を破るほどで、前列の人の顔より大きい。しかし、すぐ後ろにはいない。妖怪ではないが、それに近い。ただ、愛嬌があり、いつもにこやかだ。
 下手な出演者より、福チャンのほうが有名だ。これというマイナー系、マニア系のイベントには必ず来ている。そのため、タウン誌のスタッフやライターより、彼のほうがこの世界に詳しい。
 福チャンの名の通り、裕福な家に育ち、美大を卒業しても働かなくてもいい。だから暇があり、チケット代にも困らない。
 イベントの主催者や出演者、その客などとの付き合いもよく、打ち上げに参加し、二次会三次会にまで行くこともある。
 そして、気がつけば顔と同じように、この狭い業界での大きな顔になっていた。
 しかし、福チャンは自分ではただの客だと思っている。ただ、行く頻度では並ぶ者がない。評判のよくないイベントでも、人気がないものでも見に行く。マニアなのだが、偏りがない。
 この福チャンは自分でも絵を画いている。だがイラストレーターとして食べていく気はない。人柄と同じように福々しい絵で、まるで縁起物のようだ。
 こういったイベント会場には、マスコミ関係者や、その卵も多い。それらの人からイラストの依頼を受けることがある。頼みやすいのだろう。ギャラは出ても出なくても全て引き受ける。
 そして依頼者の言う通りの絵を画く。決して自分の主張はしない。画力はなく、絵のセンスも良くない。ただ、その絵を見ると、妙な安心感を覚える。
 またタウン誌や情報誌からイベントやアーチストの記事を依頼されることがある。この場合も小学生の作文のようになるが、読んでいて和む。
 ただ、この福チャンも今は年をとってしまい、若者のイベントに老人が入り込むような感じだが、福チャンなら違和感はない。その存在そのものが違和感の固まりなのだが。
 もう、これは妖怪へと進化したのかもしれない。
 
   了

 


2013年10月31日

小説 川崎サイト