小説 川崎サイト



粉末スープ

川崎ゆきお



 真北は大学を出て三年になる。まだ就職はしていない。する気がないのだ。
 大学のある町近くのアパートで今も暮らしている。
 そこへ同級生の石田が訪ねて来た。
「まさかまだ居るとは思わなかったよ」
 石田は近くに来たついでに学生アパートが集まっているこの一帯を散歩していた。真北のことを思い出し、寄ったのだ。
「学生時代と同じだね」
「君はいいところへ就職したんだっけ?」
「先月退社したよ」
「もったいない」
「運命さ」
「大層な」
 真北はゲームをセーブし、電源を落とした。
「まだ、遊んでるの?」
「仕事はしてるさ」
「就職したの?」
「いや、バイト」
「会社がきつくてさ」
「給料よかったんだろ」
「言うほどでもないさ」
「資格とかかなり取ったんじゃない」
「頑張ったさ。研修でカナダへも行った」
「じゃ、将来はその業界でやっていけるじゃないか」
「まだ早いよ三年じゃ青二才だ」
「二歳か、そりゃ幼すぎる」
 石田はラーメンのプラスチック鉢の底を見ている。液体のスープが固まり、元の粉末に戻っていた。
「きつかった」
 石田はしみじみ言う。
「その分、メリットがあるんだろ」
「ある。だから就職したんだ」
「何があったんだ」
「言えないことだよ」
「ストレスが溜まって、どこかのお世話になるようなことやったんだろ」
「よく分かるなあ」
「君の陥りそうなパターンだよ」
「あーあ、何だったのかなあ、僕のこの三年」
「そうか、卒業して三年になるか」
「振り出し以下に落ちた。君の方がまだましだよ」
「俺も三年間何もしてなかったってことでマイナスだよ。君は履歴書に書けるじゃないか、その会社の名前を」
「予定って狂うものだね」
「資格は取ってるんだろ」
「もうあの業界の仕事はしたくないよ。君は何か取った?」
「このゲーム、四十八回クリアした」
「それ履歴書には書けないなあ」
 石田は久しぶりに大笑いした。
 
   了
 

 


          2006年11月10日
 

 

 

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