小説 川崎サイト

 

メディアディレクター

川崎ゆきお


 倉橋は商工会議所のマッチングパーティーに参加した。そういうイベントがあるわけではない。様々な業種が集まる立食パーティーで、親睦云々が主旨だが、実際には、商談会だ。異業種クロス云々でカレー屋と手作りのパン屋がカレーパンを作ったが、手間が掛かるわりには売れなかったので、すぐに辞めている。
 倉橋は個人事業主で、会議所に会費を年貢のように払っているので、出ないと損だ。しかし、商談など成立したことがない。それを分かった上で、来ている。表向きは地元の人たちとの交流なのだから。
 要するに仕事を欲しがっている相手の方が多く、仕事を出す人はほとんどいない。下手をすると、全員が仕事を得るために来ているようなもので、出す人がいなかったりする。ただ、これはパーティーの目的ではないので、文句は言えない。
 そこに初顔の青年がいた。もしかすると仕事を出す人かもしれないと思い、倉橋は食べかけのサンドイッチを急いでほおばり、皿をテーブルに置いて、近付いた。
 倉橋はその青年と名刺交換をする。青年は同業に近かった。メディアディレクターとなっている。倉橋は売れないデザイナーだが、何でもやる。
「どんなメディアですか」
「面白いかなあと思えば何でもやります。出版編集に、ウェブでの展開も」
「編集プロダクションでしょうか」
「いえ、編プロとは少し違うかなあ」
「私はデザイナーで、ウェブもやります。印刷物の版下も、本の装丁もします」
「ああ、そうなんですか、じゃあ似てますねえ」
 どんな仕事をしているのかを倉橋は聞いた。すると、有名出版社や、有名広告代理店の仕事をやっているので驚く。と言うより、田舎町の商工会議所などでウロウロする必要のない人間なのだ。もしかすると仕事を与える側の人間かもしれない。しかし、こんな場所に来ている連中は、何ともならない人たちだ。本当は夜の商工会議所と呼ばれる別の場所に集まっているのだ。倉橋はその仲間に入れてもらえない。事業規模が小さすぎるためらしい。
「今日は、どのようなことで」倉橋が聞く。
「この町は僕の出身地なのです。すぐに越したので、よく覚えていないのですが。まあ、その関係で呼ばれたのかなあと思います」
 余裕だ。
「それだけですか」
「いえいえ、隠れたる人材がいるかもしれないかなあと思いまして、機会があれば一緒に仕事をやってもいいかなあ、と思ったり」
 倉橋は、この青年はペテン師だと思った。語尾が曖昧な人に多い。
「若いのに、よくこんな大きなところで仕事が出来ますねえ」
「うちのメンバーというか、仲間の大学時代の先輩のコネかもしれません。大学時代からやってますから、その関係かなあと……」
 倉橋も大学時代、ジャーナリストサークルを作ったり、仲間と機関誌などを出していたが、その仲間はそんな良いところには就職していない。今は、普通の仕事をしている。映画を撮していた友達も、今は何もしていない。つまり、倉橋にはそういうツテもコネもない。だから、今、餌のない餌場の商工会議所の、この席にいるのだ。
「どんなウェブを作っています?」青年が聞く。
「美容院です」
「どこの」
「この周辺の」
「あ、はい」
「コピーも写真も、イラストも、ロゴも私が作りました」
 倉橋はスマホで、そのウェブページを見せる。
「これは、PC向けですねえ。スマホ版もあったほうがいいのかなあと思いますが」
「ああ、何せスポンサーが、いらないというので、まあ、お金がかかりますからねえ」
「レスホ?ンシフ?ウェブテ?サ?インにすればいいのですよ」
 倉橋は意味が分からない。こういうときは、下手に反応しないに限る。
「あなたも、ウェブを作っておられるのでしょ」倉橋は新入りの青年に必要以上の敬語を使って聞く。
「僕はディレクターですから、直接作ったりはしないかなあ……」
 ここだ。と、倉橋は思った。
「外注されるのですか」
「そうですねえ」
 この商工会議所で、初めて餌がもらえるような気がした。会費は無駄ではなかったのだ。
 倉橋は、紙に印刷したバーコードを青年に渡した。名刺には印刷していなかった。画像を入れると高く付くからだ。倉橋のホームページの住所だ。
「あ、ありがとうございます。これをご縁によろしくお願いします」と丁寧に紙を受け取り、青年は、すーと倉橋の前から離れた。それはきわめて自然な立ち振る舞いだった。立ち去ったという感じではなく、小皿を取りに行っただけなので。
 しかし、皿を手にしたとき、次の雛がクチバシを開けながら寄って来ていた。よく見かける印刷屋の親父だ。徳俵の茂さんと呼ばれ、いつも土俵を割りそうな状態の人だ。
 それから数日経過した。
 青年からの連絡はない。当然かもしれないが、万が一のことがある。それを期待したのだが……。
 そして、倉橋は考えた。やはりあの青年はペテン師で、倉橋をひっかけても、大した金は引き出せないと思い、パスしたのかもしれない。それは幸いなことだろう。逆に考えれば、欺されないで済んだので運が良かったのだ。
 その後、商工会議所の薄い薄い季刊誌が届いた。そこにあの青年が巻頭を飾っていた。地元出身のメディアディレクターとして。
 倉橋は田舎の三流大学でのコネのなさを恨んだわけではない。あの青年は今はいいが、ここの商工会議所で巻頭ページでインタビューを受けた新人で、その後続いた事業主などいないことを知っていた。
 倉橋は、この地域の美容院系を縄張りにしている。自力で何とかするしかないと思い、散髪屋へもセールをかけることにした。
 
   了



2013年11月3日

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