小説 川崎サイト

 

姫山

川崎ゆきお


 宮田は姫山について書かれたテキストファイルを読んでいる。部下が書いたもので、観光PRに使うものだ。
 この地方の豪族の城、実際には土塁と杭囲みの砦程度のものだが、それが落ち、姫は城から落ち延びた。そして、逃げ込んだ山で身を隠し、数日後、家来に助けられた。それからは姫山と呼ぶようになり、今でも地図に載っている。
 そういう内容の文章だ。
 宮田はそれを書いた部下を呼んだ。
「いいんだけどねえ。物語性があって」
「そうでしょ、この村独自のものです」
「いいだけどねえ」
「何か」
「他の山にしないかな。紹介は」
 この村近くには名の付いている山は無数にあるが、どれも平凡だ。形が変わっているわけではなく、山地の瘤のようなものだ。姫山もそれに近い。
「そのお姫様達がいた豪族の城跡はどうなの」
「それが、場所がよく分からないのですよ。城と言っても住むような場所じゃなかったようです」
「石垣とかは」
「ありません」
「城の名前は」
「安国城となっていたらしいですが、その豪族がその後、どうなったのかは分かりません。その子孫もよく分かりません」
「面倒だね」
「何がですか? 安国城に触れてはいけないような何かでも」
「いやいや、安国城が暗い方の暗黒城なら面白いのだが、僕も初めて聞いたよ。この町の生まれだけど、あの村のことはよく知らなかった」
「おそらく、住民も入れ替わっていると思います。室町時代ですので」
「お姫様は家来に救い出されたけど、その後の消息はない。どうなったの」
「分かりません」
「じゃ、お姫様が隠れていた山地という程度でしょ。しかも安国城の位置も分からないし、その豪族が何者だったのかも分からない」
「まあ、そうなんですが、この村の特徴と言えば、それぐらいで」
「普通の山でいいんじゃない」
「と、言いますと」
「特徴があるのはいいんだけど、説明が面倒だし、聞く側も面倒だろう。だから、村人がよく立ち入った山とか、木を植えて、木こりが伐りに行ったとか、猟をしたとか山菜を採ったとか、そういう普通の山がよろしい」
「でも、観光としての特徴が」
「まあ、普通の農家が、しかもそこそこ古い農家が残り、普通の山に囲まれた場所でいいんじゃない」
「そうなんですか」
「特徴を出そうとするから、お互いに苦しいんだ」
「お互いとは?」
「作る側も見る側も」
「はい」
「それに、ありふれているほうが乗せやすい」
「え、何に乗るのですか」
「一般的な山、一般的な村のほうが、分かりやすいんだ。だから、イメージを乗せやすい。方向性を与えない方がいい」
「でも、いい名前が付いているのに」
「まあ、姫山にお姫様のイラストを入れる程度でいい。山の説明はいらない」
「はあ」
「姫山だけで、それぞれ色々想像する。その方がいいんだよ」
「はい、分かりました。では、この文章、使いません」
「他のスポットもそうだよ。特徴や特色、オリジナリティーを出さないこと。いいね」
「逆なような気がしますが」
「出し過ぎなんだよ。そういうの。だから、何もない方がすっきりしていいんだ。実際、この町はそうなんだから」
「はい、分かりました」
 
   了
 


2013年11月5日

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