鬼と貧乏神
川崎ゆきお
「古いぼろ屋に住んでいる人の話なのですが、おそらく作り話だと思います。聞きますか?」
「はい、伺いましょう」妖怪博士は参考のため、聞くことにした。とある民家前で手招きされたからだ。その男は玄関先に椅子を出し、そこを行き交う人を見ている。そしてたまに誰かを呼び止め、話を始める。無料だ。
「そのぼろ家は、この近くにあります。家はぼろいが大きな家です。まあ、この町は旧家が多く残っていますから、珍しいことではありません。何代も住んでいる家が多い。その中で増村家は、小さい方かな。しかし、ぼろ家になるには、なるだけの理由があります。その話をこれから致しましょう」
長い前置きだ。妖怪博士は表情を変えないで聞いている。
「増村の家は代々貧しい。だから、それに見慣れてしまい、もう誰もそんなことは考えません。そんな家だと、町の人は思っている。この町の人ならそれで普通なんです。私も生まれたときから、そんなものだと思って見ています」
気の長い妖怪博士も、流石に早く本題に入ってもらいたかったが、これが本題かもしれないと思い、黙って聞いている。
「煙草を吸ってもよろしいかな」と、別のことを妖怪博士は言う。
「ああ、ご自由に、灰は地べたに捨てて結構です。あとで掃除しますので」
「はい。それと……」
「何でしょうか」
「この余っている椅子に腰掛けてもよろしいですかな」
「あ、それは気が付きませんでした。どうぞどうぞ」
妖怪博士は、よっこいしょと言いながら座る。
「で、何処まで話したでしょうか」
「代々貧乏な家がある。までです」
「そうそう、それでな。ある夜のこと……」
やっと話が流れ出したようだ。
「夢枕があります」
「ありますなあ」
「便所招きもあります」
妖怪博士でも、それは知らない。潮招きなら知っているが、これは蟹だ。
「便所招きですかな」
つまり、トイレに行きたくなり、トイレに行くのではなく、一度それで目を覚ましてしまう。これは何かが尿意を通して起こしたのだ。
「増村さんが便所に行こうとしたとき、前方に二つの人影があり、何やら言い争っていたらしい。便所はその先にありまして、廊下の左が便所、右が玄関のある土間。一人は廊下、一人は土間に立っていたとか」
「誰ですかな」妖怪博士はつい聞いてみた。
「貧乏神と鬼です」
「その二人が言い争っていたのですかな」
「そうです」
この語り部は、妖怪博士の雰囲気から、妖怪談を語っても聞いてくれると思ったので、呼び止めたのだろうか。
しかし、貧乏神も鬼も、妖怪とは少し違う。
「何を言い争ったのですかな」
「この家は貧乏神の縄張りで、いわば先客なのですよ。そこに鬼が入り込もうとしたので、もめているのです」
「貧乏神がいるだけでも大変なのに、鬼まで」
「鬼は、この家に入り込んで、暴れようとしています。鬼は元気ですからね。増村家は代々商家なんですが、店はもうありません。だからこの家は残った本宅です。鬼がこの家に取り憑くと、鬼のような商売を始め、大儲け出来るらしい。つまりはあくどい鬼のような商法です。その鬼は、それをやりたいので、この増村家に入り込もうとしたのです」
「増村の家の屋根には鬼瓦はないのですかな」
「ありません」
つまらん質問をしたと、妖怪博士は恥じた。
「それで、どうなりました。貧乏神と鬼とのバトルは」
「貧乏神は臭い息を吐きかけて鬼を阻止しました。追い返したのです。貧乏神が」
「ほう」
「それで、このお話はどういうことになるのですかな」
「はい、そこに面白味があります」
「聞きましょう」
「貧乏神がいるため、この家は繁盛しませんが、ただ単に貧乏なだけで、それ以下には落ちません。なぜなら、あまり貧しくなり過ぎると、貧乏神も居場所がなくなるからです。この貧乏神は古くて汚い便所が好きで、そこに住み着いています。貧乏すぎると、この家もなくなります。だから、程良い貧乏が居心地がいいらしい」
「なるほど」
「鬼の言い分はどうなのですかな」
「鬼のパワーを増村さんは得ることが出来ます。きっと鬼のようになって働くでしょう。すると家は繁盛する。しかし、鬼の力にはリスクがある。あくどいこともしますからねえ。下手をすると、大金持ちになるかもしれませんが、御用になって別荘入りするかもしれません」
「では、貧乏神は守り神でもあると」
「そういうことです」
「それで、その増村の家は、まだあるのですかな」
「増村さんはいつも元気がなく、いつも風邪を引いていますが、まだ生きていますよ」
「この話は、その増村さん自らがされたのですかな」
「そうです。私が聞きました」
「つまり、増村さんは、ぼろ屋に住み、健康も優れない。それでも、決して悪くはないということを言いたかったのですかな」
「きっとそうでしょう」
捨てる神あれば拾う神あり。妖怪博士はこの話を拾って持ち帰ることにした。
了
2013年11月6日