小説 川崎サイト

 

ネット巡回

川崎ゆきお


「最近テレビを見なくなりましてなあ」
「ずっと家にいるのでしょ」
「それで、一日中テレビを見て過ごしていたんだがね。目が悪くなったのかな。見ていて疲れるようになったんだ」
「大黒さんところのテレビは、大きな液晶でしょ」
「ああ、一年前に買い換えたんだけど、まるで映画館にいるみたいで、とてもよかったんだけど、まあ、それとは関係なく、見なくなったねえ」
「目の疲労ですか」
「くらくらすることがあってね。目が付いて行かないんだろうねえ。特に動きの早い画面なんか、気分が悪くなる」
「なるほど」
「小さなテレビなら、いいんだけど、大きすぎたよ」
「はい」
「それで、ニュースもネットで見てるんだ」
「新聞は?」
「目が悪くて、読むのが辛いので、取っていない」
「はい」
「それで、感じたんだがね。ネットのニュースって、タイトルだけが少しだけ出るんだ。そこを押すと文字が沢山出る。まあ、新聞を読んでいるのと同じかな」
「そうですねえ。僕もよく見ますよ」
「それでね、テレビだと全部見てしまうんだが、ネットのそれだとタイトルだけですむ。特に興味のないニュースは押さない。今まで、興味のないニュースまでテレビで見ていたんだよね。見たくも聞きたくもないニュースもあってねえ、それにも付き合わないといけなかった。それで、何だか楽になったよ」
「どんなニュースが駄目なんですか」
「悲惨な話、何ともならん事件だろうかねえ。まあ、この年で世の中のことをしっかり知っておく必要はもうないからねえ。役立てようにも、その場所がない。喫茶店なんかに行くと世間話をするんだが、ほとんど野球と競馬の話だ。政治の話もあったかねえ。まあ、そのときは加わらなければいいんだから、特に困らない。何も知らなくてもね。これが職場なら別なんだけど。もうそんなお付き合いはしなくてもいいし」
「テレビを見なくなって困ることはありませんか」
「楽になったよ。自分とは関係のないことで興奮したりね。知らなければすむことなのに知って暗くなったりとかね。まあ、楽しい番組もあるけど、画面ががちゃがちゃしていて、目が疲れる」
「じゃ、主に情報はネットから得ているわけですね」
「文字が小さいときは、拡大する方法が分かったんだ。拡大が効かない場合はコピペしてワープロに貼り付けて読む。これでテレビや新聞よりも読みやすくなったよ」
「最近、どんなサイトへ行きます」
「サイトねえ。知ってるよ。サイトって、ネットの用語にも詳しくなってねえ。検索で調べれば、すぐに出てくるからね」
「そうですねえ」
「最近は人様の日記だね。ブログだよ。知らない人だけどね」
「そのブログを知ったきっかけは?」
「検索で何かを探しているとき、出てきたんだよ。その人の日記に、その言葉があったんだろうねえ。それで、読んでみた。探していた情報じゃなかったけど、丁寧な言葉で書かれた日記でね。特に何てこともない内容なんだけど、それを毎日読んでいるんだ。別に読まなくてもいい内容なんだけど」
「他には?」
「あとはねえ、出来るだけ更新されていないウェブページかな。ここは興味がある内容なんだけど、更新は不定期なんだ。明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれない。そこも毎日お参りに行く」
「お参りですか」
「ああ、近所の地蔵さんや祠なんかを巡っているお婆さんがいるんだけど、それと同じだよ」
「でも、信仰じゃないんでしょ」
「まあ、何だっていいんだけど、習慣が付いてしまったんだ。行っても昨日と同じだけどね。これがいいんだよ。これが」
「変化がないのにですか」
「変化がないので、安心して行ける。しかし、更新されていることもあるんだ。そのときはびっくりする。まあ、迷惑なんだけどね」
「更新が迷惑なんですか」
「読まないと駄目だろ。立ち止まらないと。早く次に行きたいのに」
「でも、更新を見るのが目的でチェックされているのでしょ」
「まあ、そうなんだが、驚くよ。今日がその日なのかと。二ヶ月ほどずっと同じ状態のときもあるんだ。だから、全く更新がないわけじゃない。いつかある。それが一秒後か明日か明後日か、来週かは分からない」
「妙な楽しみ方ですねえ」
「何だろうねえ。巡回しているのが楽しいのかもしれないねえ。その中の内容よりも」
「その巡回コースはどうやって作ったのですか」
「偶然だよ。ブックマークをしただけでね。ブックマークもスクロールしないといけないほど付けない。画面に収まる程度のブックマークでね、そこを一日何度か廻る。更新は多いところでも一日一回かな。しかし私は一日に十回以上見に行っているかな。同じ画面を見ているだけなんだけど、これは変化がなくてもいいんだ」
「それは何でしょうねえ」
「ああ、テレビのチャンネルを変えるよりいいよ。昨日のまま、一週間前のままで止まっているんだから、馴染むねえ。(今日は晴れていた)という文字が一週間ほど残ってる。それを見に行くんだよ」
「えーと、それは何なんでしょうねえ」
「知らないよ。ただ、くつろげるねえ。テレビを見ているより」
「ああ、テレビが駄目なので、そういう楽しみ方を」
「さあ、どうなんだろうねえ。私も何かよく分からないよ。しかし、ずっとそれをここ何ヶ月もやっているんだけど、悪くないよ。何か自分のペースでやっているような感じがあってねえ。それがいいのかもしれん」
「はい」
 
   了
 


2013年11月7日

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