小説 川崎サイト

 

尺取虫男

川崎ゆきお


 木下は元気のない友人の蛭田を訪ねた。最近電話をしても、すぐに切るし、呼び出しても出て来ない。神経か体調でも悪いのではないかと心配した。実際には好奇心半分だが。
「いきなり来て悪かったなあ」
「ああ、いいよ」
「蛭田君、最近元気がないようだけど、どう」
「ああ、悪い悪い」
「それは大変だ。どこが?」
「どこって?」
「悪い箇所」
「頭は元々悪いけど、体調も悪いねえ」
「それはいけないなあ」
「まあ、ボディーがしんどいと、元気もないよ。食欲もないし」
「それは大変だ」
「しかし……」
「え、何?」
「規則正しい暮らしが出来るようになった」
「ほう」
「無理をすると辛いからねえ。慎重に暮らしている。すると、寝る時間も起きる時間も安定した。いつもは無茶苦茶だったからねえ。それで体調を崩したんだと思う。食事も同じ時間にきっちりと食べる。コンビニ弁当や牛丼やカレーはやめた。自分で煮炊きしている。最近は梅干しを毎日食べてる」
「健康的な生活じゃないか」
「不健康だったから、戻しただけだよ。でも、今までそんな暮らしぶりをしていなかったから、新鮮だよ」
「まあ、入院したと思えばいいんだね。それで部屋でじっとしてるわけ」
「いや、散歩に出る。いつもはスクーターで、うろうろだったけど、最近は歩いてる。これはリハビリなんだ。散歩じゃない」
「ほう」
「それで、今までより仕事もよくやるようになったよ」
 蛭田はネットを利用したアウトソーシングで内職をやっている。
「じゃ、元気じゃないか」
「不思議だね。元気のないときほど元気なんだ」
「うーん、何だろう」
「出来ることをゆっくりでいいから、こつこつやっているだけだよ。これを尺取虫作戦と呼んでいるんだ」
「確かに動きが遅いねえ」
「見たことある?」
「蛾の幼虫だろ。体を縦に丸く曲げて、その分だけ移動する」
「身の丈にあった高さから前に出る」
「あ、そうなんだ」
 木下が期待したほど、蛭田は悲惨な状態ではなかった。体を壊し、神経でもやられているのかと思ったが、冷静だ。
「治ったらどうする」
「体調がかい」
「うん」
「困るなあ」
「どうして」
「また、遊んでしまうし、生活も崩れるさ」
「そんなものか」
「きっとね」
 
   了

 




2013年11月8日

小説 川崎サイト