小説 川崎サイト

 

雪女

川崎ゆきお


「雪女って色々と意味があったのですねえ」
 妖怪博士付きの編集者がいつものように来て、喋っている。聞いているのは当然妖怪博士で、縁側のある奥の六畳だ。雨が降っており、少し肌寒い。
 編集者は雪女について調べたらしい。それを妖怪博士に話し、何か意見をもらいたいようだ。
「雨が降っておるのう」
「ここの前の路地、ぬかるんでるので下駄が必要ですよ」
「最近見んのう、下駄履きの人は」
「板さんなんか履いているんじゃないですか」
「ああ、板前さんか」
「その板さん、偶然店の前で見かけのですが、背が低い。高い下駄を履いていたんでしょうねえ。その日は普通の靴でした」
「まあ、成績の悪い生徒に下駄を履かすとも言うのう」
「そういう話じゃなく、雪女は、どうですか」
「まだ、雪の季節じゃない。雨が降っておろう」
「いえ、雑誌の仕事は早い目に作り込むのです」
「そうか、もう冬は近いのう」
「雪女は出稼ぎで来た人相手の売春婦だと言いますねえ」
「出稼ぎかい。何処に」
「造り酒屋なんかです」
「ああ、杜氏さんか。その時期だけ酒を作り込みに来るのだろうねえ」
「その人たち相手に雪女が出るとか。その正体は近くの農家の婦人だと言います」
「本物の雪女がいたんだろうねえ。これはまあ、精霊のようなものかもしれん。雪国なので、寒いので、魔女系かもしれんのう」
「魔女は寒い地方のものですか」
「そういう印象がある。魔女を発明したのは北国の人たちだろう」
「魔女は洋物ですね。雪女は白い着物で、目は細いが鋭い。年は取らないようです」
「じゃ、妖怪に近いのう」
「だから、その雪女に化けて、つまり人ではない状態で売春していたのですね」
「まあ、雪女なら、いいんだろうねえ」
「雪女なら仕方がないと」
「そうじゃ、雪女に惑わされた……とかな。これは狐につままれたのと同等だ」
「つままれるのですか」
「だまされるという意味じゃ」
「はい」
「実際には寒さと関係するのじゃろう。山で遭難し、寒さで意識が危うくなるとき、現れる。人為ではなく、自然現象に近い。だから、精霊系かもしれん。私は雪だるまが好きだのう」
「雪だるまの妖怪ですか」
「作った覚えのない雪だるまが立っておるんじゃ」
 雨が降っている。やみそうにない。
「雪女ではなく雨女だと、かなり違うのう」
「ああ、あの人が加わると雨になるってやつですね」
「それに、雨女は自分で言い出す。私は雨女だと」
「雨男もいますねえ」
「同じ意味じゃな。行楽には参加させたくない」
「はい。しかし運動会なんか、雨男や雨女のせいじゃないですよね」
「もう少し規模の小さな集まりだな」
「そうですねえ。でも因果関係はないのでしょ」
「あろうはずはないが、あの人が加わると雨になるというのは、たまにあるのう」
「あります。あります」
「雪女と雪男では全く違ってしまう」
「雪男は怪物でしょ、昔の言い方だとヒマラヤの雪男は有名です。モンスターですよ。男女の違いで、ジャンルが違ってしまいますねえ」
「だが、雨女雨男は同じじゃ。非常に浅い話で、根がない。原型に根深いものがないためかもしれんのう」
「そうですねえ。お天気だけに特化してますね。雨か晴れかの」
「曇男も、曇女もいない。あの人が参加すると曇り空になるというのは、中途半端じゃ。曇りでは中止にならんだろう。まあ、あの人が来ると場の雰囲気が曇るというのはあるがな。これは天気とは関係ない」
「そうですねえ」
「しかし、この雨なかなかやまんのう」
「強くないからいいですよ」
「しとしと降っておる。こういう日は妖怪が出そうじゃぞ」
「雨に関係する妖怪を調べてみます」
「そうしなさい。私に聞かなくても、色々出ておるじゃろ」
「そうなんですが、妖怪博士の発明した妖怪を聞きたいのです」
「駄目じゃないか、勝手に作っては」
「あ、はい」
「急に言われても出て来ん」
「はい」
「ビニール傘の妖怪は既にやったしのう」
「出ませんか」
「こういうものは、頭で考えるのではなく、実際に雨の中で思いつくものじゃ」
 妖怪博士は何か言い出そうとしたが、すぐにやめた。
「ありましたか」
「いや、いい。つまらん話じゃ、これはやめる」
「聞かせてください」
「妖怪飴ちゃんと言って、粘い水飴を垂らす妖怪でな、雨の日に……」
「じゃ、このへんで失礼します」
「そうか」
 
   了



2013年11月10日

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