小説 川崎サイト



閑職

川崎ゆきお



 自分は鈍いのではないかと蒔田は思い始めた。定年にはまだ間がある。肩を叩かれたことはない。
 部長補佐が二人いる。蒔田は副部長待遇だった。その机はフロアの端に飛び出ていた。
 フロアの上座とも言える奥の中央に部長がいる。その左右に部長補佐が左大臣右大臣のようにいる。蒔田はその右端角で、部長補佐よりも下座だ。
 蒔田の企画部だけに副部長のポジションがある。
 この会社にずっといる蒔田だが、他の副部長と出合ったことがない。
 蒔田は平凡だが真面目な男で、誰からも悪意を持たれない明るい性格で、人当たりもよかった。
 蒔田には仕事らしい仕事がない。部長の代わりに冠婚葬祭に出る程度だ。
「やはり自分は鈍いのかもしれない」
 席の配置を見ただけで、分かりそうなことだった。
 しかし蒔田は社内には自分のようなポジションも必要だと思っている。仕事がないことに敢えて甘んじ、いざというときの要員としての任務を待つ……。そう解釈していた。
 これはいつでも辞められるポジションで、辞めても問題は何もないのだから、早く辞めろと会社が仕掛けているのかもしれない。
「やはり、自分は鈍いのかもしれない」
 蒔田は観光パンフレットを見ながらまた呟く。次の慰安旅行のスケジュールを任されているのだ。こんなものは一日で出来る仕事だ。しかし部長はなかなか首を縦に振らない。もっと違う候補があるはずだから、探してくれという。また社員にも意見を聞いて参考にするようにとも。
 これが副部長の仕事だとは思えないことを、もっと早く気付くべきなのだ。
 しかし、こういう閑職でもいざとなれば副部長の肩書でないと出来ない仕事がきっとくる。そう信じるからこそ、ここに座っているのだ。
 だが、
「やはり自分は鈍いのかもしれない」
 と、最近は何度も思うようになっている。
 蒔田はこのことをはっきりさせるための行動には出なかった。
 しかし、その席に座っていながら、立たされているような気になることのほうが多くなっている。
 そのたびに、有事のときの大活躍を夢想し、自分を鼓舞した。
 
   了
 



          2006年11月12日
 

 

 

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