小説 川崎サイト

 

まじない婆さん

川崎ゆきお


 オマジナイ、つまり呪文を唱えて何かをする婆さんがいる。あるときには占い婆さんにもなる。確定申告のときの職業や屋号はどうするのかというと、申告していないので、問題はない。
 その婆さんが古い町並みが残っている地方都市の小さな町に呼ばれた。
 そして、石仏を見ている。その周辺に昔あったものを神社横に集めている。本来の場所ではないが、捨てるわけにはいかない。
 婆さんはそれを鑑定している。値打ちがあるかどうかではなく、何が入っているかだ。石の中に何かが入っているとすれば大問題だ。ただ、それは入っていることになっている。作られたときの願いのようなものだ。
「この石饅頭は行き倒れの人じゃな」
「なるほど」
「こちらの頭が欠けてしまった石仏は疫病が流行ったときのものじゃな。手に薬瓶を持っておる。そこで亡くなった人じゃなく、疫病封じの石仏じゃ。流行る前に作ったのであろう」
「はい」
「この小さな石仏は、子供じゃ。何かあったのだろうなあ。その記念じゃ。目鼻が顔の下に寄っておるじゃろ。これは子供なのじゃ」
「あのう」
「何かな」
「そういうのは、まあ、だいたい分かっているのです」
「ほう」
「近所の人に聞けば、何となく伝わっていますから」
「当たっておったかな」
「はい」
「じゃ、わしは何で呼ばれたのかな」
「本職の方でお願いします」
「本職……わしのか」
「はい。霊が見えると聞いております」
「誰が、そんなことを」
「いえいえ、お隠しにならなくても」
「で、何を見るのじゃな」
「何が入っているかです」
「じゃから、最前言ったであろう。それに、もうそれは分かっておるんじゃろ」
「それは昔の話で、今、何が入っているのかをお願いします」
「何じゃ、そのお願いは」
「妙なものが入り込んでいると思うのですが、如何ですか」
「如何か……」
「はい、見えておられるのでしょ。よからぬものが、これら石仏や石地蔵、石碑の中に入り込んでいるのを」
「興味深い問いかけをなさる方じゃな。町役場の人じゃろ。あなた」
「はい。だから、ここから先は趣味として」
「趣味で済めばいいがのう」
「何が棲み着いておるのでしょうか」
「基本が分かっておられんのう。ここでは話せまい」
「え、どういうことですか」
「ご本人、いやご本尊かな、ここにおられる方々に聞こえるではないか」
「あ、そうなんですか、じゃ、役場で」
「あなたの趣味の話を役場で話してもいいのですかな」
「そうですねえ。じゃ、そこの食堂で。ちょうどおやつの時間なので」
「おやつ」
「三時のおやつで、善哉でも」
「おお、善哉か、それは好物。善哉とは善きこと哉じゃからのう」
 二人は大衆食堂で善哉を食べることにした。昼をかなり過ぎたため、他に客はいない。
「では、お話し頂けますか」
「基本があると申しましたなあ」
「はい」
「語り得ぬものに対しては沈黙すべきなのじゃ」
「語り得ぬものが、あれらの石に取り憑いておるのですね。狐や狸や、狢や、ややこしい悪霊や、妖怪などが」
「これ! 大きな声で」
「あ、はい」
「素知らぬ顔をする。そんなもの意識しない。認識しない。いいですな」
「どういうことでしょうか」
「これが基本じゃ」
「と言いますと」
「知ってしまうと出てくる。認知してはいけない」
「え」
「知られたことで、出てくる。動き出す。幸い眠っておる」
「え、石の中で、妖しいものが眠っていると」
「起こしてはならぬ。そういうものを弄ると、ろくなことにはならない」
「無視せよと」
「そういうことじゃ、だから、額面通りのものが入っておると思えばいい。それらは聖なるものじゃ。だが、もう抜けておらんだろうがな」
「その空き家によからぬものが」
「よからぬものには沈黙が一番。起きてきますぞ」
「あ、はい」
「じゃ、ここまでで」
「帰りに町役場へ寄っください」
「ああ、お代をもらわんとな」
「はい」
「あ」
「どうかされましたか」
「印鑑を忘れた」
「領収証へはサインだけでいいです」
「善きこと哉、善きこと哉」
 
   了

 


2013年11月13日

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