小説 川崎サイト

 

精鋭部隊

川崎ゆきお


「そろそろ冬籠もりだねえ」
 いつもの公園横に集まっている老人グループの会話だ。若い人が混ざってもいいのだが、自然に生まれた結界があるようで、年寄りばかりが集まっている。
「まあ、この町内に籠もっているようなものですよ」
「そうだねえ。あまり遠くまで行かなくなったからねえ」
「いや、その気があれば行けるさ。そしてその気もあるけど、その気を起こすだけの用事がない。寝た子を起こすような用事でもあれば別だが、それもまた大層になったよ」
「私は、もう寒くなってきたので、ここへもあまり顔を出さなくなるかもしれませんよ。冬籠もりで、家の中にいるほうが快適だから」
「そうだねえ、この季節からぐっと減るねえ、メンバーが」
「寒いので、動きが鈍るのでしょうなあ。私なんて、ホームゴタツから出るのが嫌でねえ。夏場は家の中、ウロウロしてたんだけどねえ。何処が一番涼しいか、時間帯によって変えたりとかね。これはねえ、猫の後を付いて行けば分かるんだ。あいつはよく知ってるよ。涼しいところを。寒くなると、私が入っているホームゴタツの中に潜り込んで、出てこない。だから、猫に見習えば、答えはそこにある。つまり、ホームゴタツが一番だということだ」
「そうですなあ、この公園も冬場は寒い。一人減り、二人減りで、もうこのあたりでお開きかもしれませんなあ」
「次は春ですか」
「いや、私は真冬でも散歩を続けていますからね、来ますよ。ここは途中なんでね」
「じゃ、散歩部隊だけがここに残るのかのう」
「精鋭部隊ですよ」
「私なんて、ここに来るだけで一杯一杯でね。まあ、その往復が散歩のようなものですがね」
「平田さんを知ってますか」
「知ってますよ」
「あの人はここにもたまに顔を出すけど、いつもは喫茶店がメインのようですよ」
「いますなあ、喫茶店のヌシのような連中が、平田さんもそうなんですかな」
 その喫茶店は、坂の下にあるモダンな店だ。
「車のセールスの人が来たとき、一緒に入ったのですがね、そのとき平田さんを見たのですが、平田さんとは親しいからいいけど、その取り巻きは知らない連中でしょ。平田さん一人ならいいんだけど、あのグループに加わるのは考え物です」
「平田さんは顔が広いから」
「平田さんは不動産屋でしょ。もう引退したけど、息子や孫がまだやっている。だから、営業なんですよ。彼の場合。引退したとはいえね。情報を集めているんですよ」
「そうなんだ」
「だから、私らと平田さんを一緒にしてはいけない。私らはそんな活動は必要ないですからなあ」
「やはり、ここに来なくなると、少し寂しいので、ホームゴタツ籠もりもしますが、元気を出して、その精鋭部隊に私も参加しますよ」
「あなた来ますか」
「はい」
「あなたの方が年が上だ。年下で元気な僕が出ないわけにはいかない。じゃ、僕も寒くても出て来ることにしましょう」
「じゃ、ここはお開きじゃなく、続けるということで、いいですかな」
「はい、全員精鋭部隊になりましょう」
 彼らはその名を八甲田山部隊と名付けた。
 そして、「八甲田山へ行ってくる」と家を出るとき家族に言うらしい。
 集まっても、特にやることがない。そこで「雪の八甲田山死の行軍」と称して、町内を練り歩くことにしたらしい。これは公園横の空き地でじっとしているより、歩いている方が暖かいためだろう。
 
   了


2013年11月17日

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