小説 川崎サイト



夜の笛

川崎ゆきお



「昔の話だがね、夜更かししていると笛の音が聞こえるんだ。テレビを観ているときは気付かないけど、今から寝ようかなと思い、布団に入ると聞こえるんだ」
「笛の練習とか?」
「夜中にそれはなかろうと思うよ。まあ、ありえない事じゃないけど、僕は常識家でね。その範囲内から考えると、それはない」
「どんな音ですか?」
「だから、笛の音だよ」
「曲とか?」
「あれは日本の横笛だと思うね。竹で出来ているような」
「土産物屋で売ってるような?」
「そそそう、そういう安っぽい音色だよ。あ、曲は分からなかったねえ。ピーって音色が単発的に聞こえてきた」
「汽笛とか?」
「そんなポーが聞こえるような昔の話じゃないよ。ちょうど君ぐらいの年だったかな。あ、それより誘って悪かったかな?」
「助かります。終電が行ってしまって」
「飲み会って、抜け出せないときがあるよね。会社の飲み会はすぐに抜けるんだが、仲のよい友達同士だとね」
「はい」
「狭いけど、横になれるスペースはあるからね」
「ご迷惑かけます」
「で、何の話だった?」
「笛の音です」
「そうそう、それでね、最初は気にしなかったんだけど、寝入りばな、急に大きく聞こえたりするんだ。他の音がないから尚更注目ポイントになってね、音が鳴るのを待つようになったんだ。もう聞く気十分さ。さっき曲の話をしたね。じっと聞いてると長い間ながら、何かの調べになっている」
「何かって?」
「日本の古い調べだよ。神社とかでやってそうな」
「お神楽とか?」
「そうそう、スローテンポでね」
「実際は何だったのですか?」
「窓を開けると二階から表の通りが見えるんだ。前には建物はなくてね、背の高い雑草が茂ってる小川沿いの道なんだ。その川の草の中に何かがいるんだよ。近くに電柱があってね。その電球の光でかすかに見えるんだよ」
「何が?」
「目が一つの子供が横笛を吹いていた」
「はあ」
「僕はパジャマのままアパートの階段を降りて、道に出たが、もういなかった」
「あ、はあ」
「じゃ、布団を敷くよ」
「あのう、その話……」
「昔、そういう幻覚を見てね。今はもう見ないよ」
「あ、はい……」
「じゃ、寝ましょうや」
 
   了
 



          2006年11月13日
 

 

 

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