小説 川崎サイト

 

鬼と武者

川崎ゆきお


 街道は繁みの中に入ると視界が狭くなる。一人の武者がのんびりと歩いている。
 すると鬼が繁みから出て来て、立ちふさがる。
 武者は驚き、太刀を抜く。
 鬼の目は不気味に笑っている。優しげなのは目だけ。あとは怖い。
「この繁み道を一人で通るとは不用心。鬼に襲われても文句は言えまい。味噌汁の具にしてやろう」
 武士は太刀を下げる。
「味噌汁を作るのか」
「ああ、毎朝な」
「具がないのか」
「味噌だけでは寂しい」
「ネギを入れればいい」
「面倒」
「植えれば、いくらでも出て来る。味噌汁の具程度なら足りるだろう」
「歯ごたえがないから駄目だ。ネギはいらない」
「鬼も味噌汁を吸うのか。いや、それよりも、味噌汁を作るのか。味噌はどうした。鍋はどうした」
「荷駄を襲ったとき、頂戴した」
「そうか、それはいいが、小屋でもあるのか」
「ない」
「世の中には鬼の家と申すものがある。家に住む気はないのか」
「同じ場所に三日とおらぬ」
「そうか」
「味噌汁の具にしてくれる。覚悟せい」
「人の肉を食らうのか」
「何でも食う」
「そうだな、味噌汁も吸うのだから。しかし、肉入りの味噌汁はどうかと思うぞ。ネギか豆腐がいい。肉は味噌煮込みにして、別鍋で煮ることじゃ」
「覚悟せい」
 鬼は棍棒を振り上げる。
 武者は仕方なしに、太刀を突き出す。
「その武器はあまり効果はないぞ。別のものに変える気はないのか」
「将来は金棒が欲しい。ぶつぶつが多く付いておるやつをな」
「それは何処で売っておる」
「知らない。他の鬼を倒して、武器を奪う。しかし、そういう鬼は強い。わしではまだ無理だ」
「そうか、それはいいが、食べるものがあればそれでいいんじゃないのか。欲しいのは味噌汁の具だろ」
「そうだ」
 武者は腰の袋から握り飯を取り出す。
「これでどうだ。二食分はあるぞ」
「ご飯か」
「珍しいのか?」
「ああ」
「では、ご飯なしで、味噌汁だけを吸って暮らしていたのか」
「いや、狩りもする。肉も食わんと身体が持たん。筋力がいるのでな」
「肉を食べたければ、他の肉を狩ればいい。旅人を襲う必要はなかろう」
「そういうものだと思い込んでいる」
「どういうことだ」
「鬼だから、人を襲う」
「そんなことはない。シシ肉もいけるだろ」
「ああ、シシでもトリでもいい」
「そちらの方がいいと思うぞ。下手に人を襲うと、反撃される。返り討ちに遭うぞ。それにその棍棒では駄目だ」
「それはよく分かっている」
「まあ、いい、命が惜しいので、この握り飯で勘弁してくれ。どうだ。味噌汁の具にするのではなく、味噌汁でご飯を食べるのだ。肉より手間が掛からんぞ。すぐじゃ」
「ああ、ご飯は好きだ。それでいい」
 鬼は握り飯を袋ごとつかみ、繁みへ入っていった。
 話せば分かる鬼だったので、武者は安堵した。
 しかし、二食分の食料をやってしまったので、次の里まで腹を減らしながら歩かないといけない。
 だが、鬼と戦って怪我をするよりましだと思うことにした。

   了


2013年11月23日

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