小説 川崎サイト

 

プライベート

川崎ゆきお


「プライベートとは何でしょうか」
「私的なことでしょ」
「個人的なことなんですね」
「そうそう、プライベートな時間とか言うでしょ」
「それは仕事との絡みですか」
「絡み?」
「はい、仕事の時間とプライベートな時間。今は仕事の時間で、今はプライベートな時間を過ごすとか。ですから仕事と対になっているような気がするのです。これは仕事ではなく、プライベートだ、と言う感じで」
「じゃ、仕事をしていない人は、全部プライベートかね」
「ああ、全部じゃないと思います」
「仕事と対じゃなく、プライベートの対はパブリックだ」
「私的か、公的かと言うことですか」
「単純に言えばね」
「仕事は公的ですよね」
「個人的な仕事もあるしね。一概には言えないが」
「僕が考えるには、全てがプライベートじゃないでしょうか」
「ほう」
「仕事も私的じゃないですか」
「その仕事が色々な一と関係してくると、個人の力では収拾が付かなくなるでしょ。自分の世界だけで終わらない。赤の他人にも響を与える」
「それをやっているのは個人でしょ」
「そうだよ。社会人としての個人だ」
「公務員のようなものですね」
「公務員だけとは限らん。どんな職業でも、その仕事をやる場合、個人的な思惑は反映させない方がいい。実際には、そうじゃないけどね」
「役になりきっている人がいいんですね」
「その役で、食っているんだから。しかし、その線引きは曖昧だな」
「はい」
「まあ、難しく考えることはない。君が思っているように、仕事が終わればあとはプライベートだ」
「あのう」
「何かね」
「仕事をやっていないのですが」
「それで、全部プライベートだと言っているのか。なるほど」
「公的なこともしていません。だから、パブリックもありません」
「しかし、親類が集まる法事や、村の祭りがあるだろう」
「法事はプライベートなことじゃないのですか。よく、法事を理由に会社を休んだりしますよ。夏祭りも、休みを取って参加しました。これもプライベートですよ」
「じゃ、市民運動などに参加すればいい」
「怖いことを」
「何が怖いのかね」
「市民税を払っていません」
「そこに基準を置くか」
「市民が分かりません」
「だから、市民と対になっているものを考えればよろしい」
「市民運動って、社会的ですねえ。だから、政府や団体に対して何かもの申すような感じですよね。でも僕は政治が分かりません。衆議院と参議院の違いも分かりません。そんな状態で、市民運動など出来ませんよね。それに、市民運動に個人的に参加するわけですから、これもプライベートな時間を使ってやるわけでしょ」
「まあ、そうなんだがね」
「政府から要請があれば、市民運動に参加しやすいです。これなら公的なお墨付きを貰ったわけですから。公務に近いです」
「それはないと思うがね。あるとすれば、やらせだろう」
「やはり、仕事をしていないと、プライベートという言葉は使えませんねえ」
「だから君の場合、使う必要はないのかもしれないねえ。言葉とは分けるためにあるようなものだから、分ける必要がなければ、私的か公的かの問題はないのだから」
「先生は今どういう時間ですか」
「何が」
「だから、ここでこうして話しているときは」
「プライベートだろう」
「ああ、そうなんですか」
「じゃ、講義があるので、失礼するよ」
「また、来てよろしいですか」
「君は在学中、何を聞いていた。今言ったことは、全て教えたはずだがね」
「忘れました」
「便利な言葉だ」
「でも、先生のことは忘れていませんよ」
「結局、こういう教え子しか残らないか」
「いいでしょ」
「ああ」
 
   了
 


2013年11月25日

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