小説 川崎サイト

 

冷蔵庫の前に立つ

川崎ゆきお


 長く生きてきた老人が物忘れしやすいのは、回線が重くなったからだけではなく、色々とデータ数が多いためかもしれない。
 作田は年寄りと言うほどではないが、最近物忘れが多くなった。キッチンに行き、冷蔵庫の前で動かなくなることが多い。何かを取りに来たのだが、忘れたのだ。ただ、用は冷蔵庫の中にあることは分かっている。
 ここで、ストーリーを作田は考える。そこへ立つまで何をしてきたか。前後関係、文脈から探る。
 しかし冷蔵庫を開け、中をいくら覗いても、思い出せないので、元いた場所に戻る。
 そこはいつもの居間で、テーブルの上にパソコン、その向こう側にテレビがある。パソコンを見ているか、テレビを見ているか、どちらかだ。
 これが食事中なら、思い出しやすいだろう。何か足りないものがあったはずで、それで席を立ったのだ。マヨネーズかもしれないし、醤油やコショウかもしれない。味が水臭いので、何かを付けようと取りに行った……とか。
 キッチンへ行く用事はそれぐらい。そして、冷蔵庫の前に立ったのだから、用は冷蔵庫の中にある。かなり絞られる。
 今回はパソコンとテレビを見ていて立ち上がったのだから。このときのパターンを作田は思い出してみた。
 先ず一番多いのは冷蔵庫の中から缶コーヒーを取りに行くこと。しかし、缶コーヒーはまだテーブルの上に残っている。これが用ではない。すると、別の用だ。
 では、何を思い付いて、キッチンへ向かったのだろう。
 作田は過去のパターンから推測した。それは、いずれにしても、こういう場合は、大した用事ではない。
 冷蔵庫に用があることは分かっている。だが、それはもの凄く重大な用件ではないのだ。
 食事中ではない時間帯で、冷蔵庫の中が気になることとは何か。
 やはり飲み物だろう。またはおやつだ。買っていたおやつが冷蔵庫の中に入っており、それを思い出し、食べたくなり、取りに行った。しかし、そういうおやつの買い置きは最近ない。
 しかし、飲み物にしろ、おやつにしろ、そこに思い至っただけで、すぐに思い出せるはず。だから、用件はそれではない。もっと別の切り口から来た何かだ。
 最前までやっていたテレビ番組で思い出したのだろうか。見ていたのは古いテレビ時代劇。しっかりと見ていたわけではなく、パソコンで写真を整理していた。
 それらを見て、思い付いた可能性もあるが、これも糸が繋がらない。
 そうなると、急に頭の中に湧き出した何かだろう。
 さすがに、作田はそこまで追い込んだので、思い出せた。
 シュウマイだった。
 これはおやつのジャンルだが、実は夕食のおかず用だ。時間は夕方近い。夕食に何を食べようかと、ふと頭に浮かんだ。そして、何があるかを考えながら、確認のため、キッチンへと行ったのだ。
 夕食のおかずは冷蔵庫だけに保存しているとは限らないが、とりあえず冷蔵庫を開けた。そして、そこで何をしに来たのかを忘れてしまった。フリーズしたのだ。凍結だ。
 この凍結と冷凍室が繋がれば、話は早かった。
 そして、再び冷蔵庫へ向かい、冷凍室を開けると、冷凍海老シュウマイがあった。これが用だった。この確認だ。買ったのは一ヶ月ほど前。そのため、記憶もおぼろげで、遠かった。
 その期間、色々と冷蔵庫や冷凍室におかずを入れている。だから、一ヶ月ほど前のものなど遠い記憶だ。それを先ほど思い出したのは奇跡のようなもの。忘れていても仕方がないこと。それを思い出したのだから、かなり記憶力が良いことになる。
 冷凍海老シュウマイに用があった。それで解決した。
 今回は解決したが、今まで未解決のまま終わっている用もある。冷蔵庫の前に立つまでは同じで、そのまま迷宮入りになっている。ただ、今思い出しても、もう遅いだろう。きっと食べてしまったのだから。
 
   了

 



2013年11月28日

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