小説 川崎サイト

 

長距離歩行者

川崎ゆきお


 川のその土手は車が入れないので、歩きやすい。街中には道は多いが、それは車が走るための道路だ。その脇は不安定で、非常に狭くなったり、ガードレールがなかったりする。専用の歩道も自転車が行き交うため、歩道も安全ではない。
 竹中はそれらのことを考慮し、川の土手道を散歩コースとしていた。土手は高いので見晴らしもいい。そこを歩いていると、空中にいると言えば大げさだが視界も広い。
 それを知っている人が多数おり、竹中と同じように歩いている。土手道なので休憩もしやすい。路肩で座ると椅子と同じで、足が伸ばせる。そのままずり落ちる危険もあるが。
 そこでの会話だ。
「歩きすぎると駄目ですねえ」竹中よりも年上の老人が経験談を語る。
 同じような時間に出合うので、顔見知りになり、今では言葉を交わす仲になっている。
「あの橋で戻る方がいいですなあ」と老人が語る。
「あそこまででも結構距離がありますよ。私はあの橋まで歩き、それを渡り、こちらの橋まで戻ってきます。四キロはありますよ。結構な距離です」
「わしは、もう三つ向こうの橋まで毎日歩いていました」
「知ってます。凄い健脚ですねえ」
「それが自慢だったのですがね、それは駄目です」
「どうしてですか」
「うん、当然の質問だね。答えは歩きすぎって、ことなんだ」
「足が痛くなるとか」
「骨だよ」
「骨」
「腰をやられる。背骨だがね」
「ああ」
「歩くと健康にいい。それは当たっているが、過ぎたるは、なお及ばざるが如しでね」
「如しですか」
「そう、如しです。まあ、毎日歩いていると、距離は伸びますよ。筋力も付きますしね。健脚って、言うやつですよ。足は健康でも、腰にくる。足の付け根じゃなくてね、背骨と腰骨の間だ。くるのはだから背骨かな。そこを腰と言ってるが」
「そうなんですか。僕は上半身と下半身が分離したような違和感が出ます」
「そうだろ。歩いているだけなんだから、大して筋肉は使っていないんだ」
「この距離ならいいんですが、ハイキングなんかに行くと、すぐに足の指にマメが出来ます」
「それは軽い。腰や背骨にくるのに比べてね。足の裏や筋肉が痛いというのも平和なものだ。しかし骨にくるときついですぞ」
「あの橋までの距離なら大丈夫ですよね」
「はいはい、問題なしです」
「鍛えると強くなると思いましたが」
「ちびるよ」
「金属でも疲労しますからねえ」
「使いすぎは逆にマイナスになる」
「はい」
「それで、わしは距離を短くした。この土手ではわしが一番の長距離歩行者だったのだがなあ、その名誉も、もういい」
「健康のために歩いているんですからねえ」
「うん、そうなんだ。逆のことをやっていたよ」
「早く気付いてよかったですねえ」
「痛い目に遭って、やっと分かった。歩きすぎは駄目だってね」
「はい、勉強になりました」
 
   了
 



2013年12月6日

小説 川崎サイト