小説 川崎サイト

 

山歩き

川崎ゆきお


 白木は冬になったので、開け放していたドアや襖やガラス戸など、各部屋を閉めた。風通しで開けていたので、いつもいる居間にいても見晴らしがよかった。
 居間は庭に面しており、そこから庭や庭木の梢などが見え、その向こうに空が見える。糸のような僅かな隙間から道行く人や車も見えた。
 今は磨りガラスの戸を閉めたので、外はぼんやりとしか見えない。それも寒々しいのでカーテンも閉めた。
「冬籠もりだよ」
 遊びに来た親友に白木が語る。
「寒いからねえ。ここに来るまでも寒いので、耳が痛かったよ。日も短くなったし、冬は動くのが大層だねえ。白木さんのように僕も冬籠もりしようかなあ」
「いやいや、竹中さんは行動派だから、じっと家にいると退屈でしょ」
「そうなんだよ。暑さ寒さに関係なく、方々出掛けるよ」
 竹中は寒さ対策なのか、かなり着込んでおり、上着を脱いでも、まだ下に分厚いものを着ている。
「白木さんは退屈なとき、どうやって過ごしているの」
「ああ、最近はネットで映画やドラマを見てますよ。これを見ていると、少しも退屈しない」
「ネットはテレビより面白いの?」
「同じようなものだけどね、好きなものを選んで、好きなときに見られる。いい時代だねえ。昔なら映画館へ出掛けなければ駄目だったのだが」
「僕は駄目だなあ。やはり、自分の身体で動かないとね」
「最近、何処かへ行きました?」白木が問う。
「毎日出掛けてるけど、近場だね。たまに山へ行く」
「ほう、山」
「真冬でも山歩きの人は結構いるよ。夏より歩きやすいんだ。寒いけど、大汗をかく夏よりいいよ」
「山歩きねえ」
「近所の散歩もやってるけど、平地だと歯ごたえがない。足元をよく見ないと、危ないような山道がいいねえ。坂も多いしね。これだけでも飽きない。岩登りをするわけじゃないけど、しっかり歩かないと危ないからね。油断してこの前など捻挫したよ。石の上に足を乗せてね。それが動いたんだ」
「ああ、私は急いでいるとき、家具に足の小指をよく引っ掛けるよ。これは痛いねえ。小指が変な方角を向いていないか、心配だったよ」
「意外と部屋の中の方が危ないかもしれませんよ。僕は包丁を適当なところに置いていて、それが落ちてきて、足の甲が危なかった」
「じゃ、意外と山道の方が安全かもしれないねえ」
「ああ、注意しているからね。家の中では注意しない。安全な場所だと思っているから油断がある。これが怖い」
「怖いのは油断なんだ」
「そうそう」
「今度行きませんか、山」
「そうだねえ。一人じゃ行く気はしないけど、連れがいると行きやすい」
「じゃ、決まりですな」
「装備なんか、どうすればいい」
「そんな大した山じゃないから、適当でいいですよ」
「登山靴とかは」
「いつも履いてる、履き慣れた靴でいいですよ」
「寒いからカイロも必要だね」
「汗をかきますよ。逆に」
 山歩きは一週間後と決まった。ただし晴れていることを条件に。
 目的が出来たので、白木は翌日から朝夕、散歩に出掛けた。一日の中で、どの程度歩いているのかを思い出すと、長くて十分だ。それ以上の距離は歩いていない。一時間以上歩く自信がないため、練習を始めたのだ。
 
   了
 



2013年12月9日

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