小説 川崎サイト

 

おまん様

川崎ゆきお


 地方の小さな町で生まれ育った下田は村が嫌いだった。農村時代の村はもうなくなっていたのだが、それでも昔から住んでいる村人が多数いる。下田もその中の一人だ。
 よく言われる村人気質、排他的な村人根性を嫌った。その原因は下田家が、この村では有為な位置になく、羽振りがよくなかったためだろう。田畑も狭かった。
 それで高校を出ると、すぐに都会へ出た。ここでは何処の誰それの分家の何人目の子かというようなことは、問題にはならなかった。
「よくあることだねえ」下田の同僚が言う。
「ああ、昔のことだから」
「僕も田舎から出て来た口だよ。まあ、仕事がないからねえ、こっちへ来ないと」
「それで、最近思うのだけど」
 下田は遠い目をしながら語り出した。
「今年のお盆に帰ったのだけど、色々あるんだねえ、この村も。暮らしているときは分からなかったけど、色々あるんだ」
「ああ、色々ねえ。その色々の中の何処が気になったの」
「妙なんだ」
「何が」
「知らなかったんだけど、うちの村は、妙な村なんだ。そんなものかと思っていたんだけど、違うんだなあ」
「じゃ、下田君の村だけにある、何かかい」
「風習かもしれない」
「ほう」
「生まれ育ったときから、そんな感じだから、何とも思っていなかったんだけど、やはり妙なんだ」
「どう、妙なんだ」
「表だっては誰も言わないけど、妙なものがあるんだ。それが風習だって気が付いたのは、最近なんだ。もう村を出てから十年も経つんだけど」
「どんな風習なんだ。まさかゾンビの村じゃないだろ」
「それなら、僕もゾンビじゃないか」
「そうだね。じゃ、日本に渡って来た吸血鬼が……」
「講って、知ってるかい」
「こう?」
「集まりのようなものだよ。君が好きそうな言い方をすると、秘密結社かな」
「ああ」
「おまん様って言うんだ」
「おまん」
「うん」
「それが、その講かい」
「そう、一寸口にしにくい言葉だけど。おまん様の集まりが夜中にあったんだ。最初は何の集まりなのか、知らなかった。うちの家でも開かれたことがある。それを寄り合いとか講とか言って、決しておまん様とは言わないんだ。知ったのは最近だよ。言いにくいけどね。おまん様」
「おまんだからねえ」
「まあ、村人っていうか、昔から住んでる人は決しておまん様と口にしない」
「恥ずかしいからじゃない」
「いや、口にしてはいけないんだ。だから、知らなかったんだ」
「ほう」
「おまん様は仏壇とは別にあるんだ。子供だったから、仏壇だと思っていたんだけど、家に仏壇が二つある。近所の家もそうなんだ。だから、家に仏壇が二つあるのが普通だと思っていた」
「そうだね。一つにまとめればいいのにね」
「大人になってからは、仏壇が二つあるのは、古い仏壇を捨てないで残していると思ったんだ。よくあるような古くて小さな仏壇だよ。開けたところを一度も見たことがない。鍵が掛かっているんだ。子供の頃からそんなものだと思っていたんだけど」
「いかがわしい仏さんのようなものを祭っているんじゃない?」
「まあ……」
「おまん……か」
「それで、今年のお盆に帰ったとき、気になって、婆ちゃんの針箱の奥から鍵を見付けて開けてみたんだ」
「何だった?」
「それは言えない」
「ほう」
「言えない」
「秘密だからかい。でも、おまん様信仰はどうなの」
「どうなの、って?」
「その信仰のため、タブーなんだろ。言えないのは」
「どんな信仰か知らない」
 その同僚の口元が緩んだ。
「中を見たんだろ。御神体か、ご本尊。そのまんまじゃなかったのかい」
「何かよく分からなかった。変な木の塊でよく分からない。言えないのはタブーじゃなく、分からないから。それに言ったら悪いことが起こるような禍々しさを感じたんだ」
「きっと、そのまんまのものだよ」
「そのまんまだから、おまん様か……」
「いや、マンだけを抜けばいい。マン、マンマ、つまりご飯だよ。豊穣の神様仏様だよ」
「うん、そう解釈したいよ」
「おまんま様に変えるべきだね」
「あまり変わらないと思うけど」
 
   了
 




2013年12月10日

小説 川崎サイト