風邪
川崎ゆきお
「風邪ですか」
「ああ、寝込むほどのことではないが、寝ておった」
妖怪博士は布団から起き上がり、いつもの座敷でいつもの編集者と話している。
「流行始めてますよ」
「そうか」
「一日の平均気温が十度以下が一週間ほど続き、湿度が六十%以下になると、患者が増えるようですよ。ですから冬の初めに増えるようです」
「寒くなり、乾燥すれば増えるのじゃな」
「でも、風邪の邪って、いい感じですねえ」
「邪悪の邪だ。風の邪だ」
「風邪の妖怪はいませんか」
「だから、風の妖怪が、風邪じゃ。そのままじゃないか」
「風邪はリアルですから、そこまでリアルだと、妖怪の入り込む隙間はありませんねえ」
「そうじゃな、作り事をする必要がない」
「でも、邪悪な風なんですから、これは悪い妖怪ですねえ」
「天邪鬼のように、ひねくれた趣があればいいのじゃが、風邪はダイレクトすぎる」
「邪心なんかはどうですか」
「心に鬼を持っておるんじゃろうなあ。鬼の所為にする。魔が差すも、魔の所為にする。自分のことなのにな」
「でも、邪心や邪推などは、よくありますよ」
「うむ、悪しきことを考える。これはまあ、仕方がない」
「悪知恵もそうですねえ」
「邪魔も、凄い字面じゃないか」
「お邪魔しますの、邪魔ですねえ」
「邪魔臭いもあるのう」
「漢字で見ると、不気味です」
「よこしまな、悪しき心かもしれん」
「普通に使ってますねえ」
「まあ、そういう言葉があるのだから、よくあることなのだろう」
「妖怪は、どのあたりのポジションでしょうか」
「あまりリアルで、現実的なことじゃなく、どうでもいいような稚拙な事柄が多いかもしれんなあ。まあ、それは時代による。今の時代になるほど、可愛くなっていく。妖怪も進化していくのだろう。そして、もう妖怪のポジションがなくなりつつある」
「別のメディアに置き換えられるようなものですね」
「そうだなあ」
風邪で頭が冴えないのか、妖怪博士の想像の翼も羽ばたきにくいようだ。風邪症状が邪魔をしているのだろう。
「先生、今日はもう寝ていないと駄目なようですので、失礼します」
「帰るか」
「しんどそうです」
「うむ」
妖怪博士も人の子、普通に風邪を引くようだ。
了
2013年12月13日