小説 川崎サイト

 

バケモノが出る借家

川崎ゆきお


 平田は宵の口に、もう寝る。夜が深まるとバケモノが出るためらしい。
「本当に出るの」
 心配した平田の友人、荒巻が訊く。しかし半ば信じていない。これは何か事情があり、暗くなると、すぐに寝るのだと思った。
「どんなオバケが出るの?」
 平田は黙っている。
「危ないというより、怖いじゃないか。そんな家に住むのは」
 平田の家は古い借家で、それまで色々な人が住んでいたようだが、長く住み続けないらしい。ただ、何かが出るという噂はない。家賃も相場で、借り手が付かないので安くなっているわけではない。
「何となくいそうな雰囲気があるんだ」平田は重い口をようやく開いた。
「そんなに早く寝てしまうんだと、外で遊べないじゃないか」
「ああ、付き合いで飲みに行くことはあるよ。帰って来ると夜も更けてる。すると、やはり怪しくなる。少しだけ、ほんの少しだけ様子が違う。それだけのことだから、夜更かしもいいんだけど」
「気のせいじゃないのかな。一寸様子が違うって、どんな感じなの」
「冷たい空気が流れたりする」
「ほう、それって、霊道じゃない」
「霊道?」
「幽霊が通る道だよ。山のケモノ道のようなものかな」
「幽霊は出ないよ」
「じゃ、なぜ、そんな冷たい空気が流れるんだい」
「夜になると温度が下がるから、隙間風が冷たいのかもしれない」
「じゃ、隙間風と言えばいいじゃないか。冷たい空気が走るって言い方はおかしいよ」
「隙間風なんだろうけど、風もないのにスーと来るんだ」
「それだけかい」
「さらに夜が深まるとね、白いモヤのようなものが浮いていたりする。目に何か付いているのかと思って、擦っても消えない。そのモヤのようなところへ行くと、特に何もない」
「それは引っ越してからずっとかい」
「最近気付いたんだ。だから早く寝ることにしている」
「深夜はどうなの」
「夜中、トイレに立つことがある。あまり見ないようにしている。変なのがいると思うからね。目をしっかり開けないで、用を済ませる。そのまま何も見ないで、寝る」
「でも、たまには見るだろ」
「ああ、見てしまうねえ」
「もっと凄いものが出るんだろ」
「白いモヤが形になってる」
「人型かい」
「うん、まあ、そう」
「それは怖いねえ」
「宵の口なら大丈夫なんだ。だから、その時間に寝るんだ」
 荒巻はおおよそのことが分かった。平田がなぜそんな嘘をつくかだ。
 嘘であることは間違いないのだが、嘘をつく理由が分からない。それはきっと夜に起きていると都合の悪い事柄だろう。
 平田は共通の友達である桜木に頼み、宵の口に寝てしまう理由を聞きに行ってもらった。
 それによると、早寝早起きが健康にいいので、早く寝るとか。
 荒巻はもう一人の友達に、同じことを頼んだ。
 それによると、超早朝に知的作業をするためとか。検定試験の準備中らしい。
 そこで荒巻が分かったことなのだが、どの理由も、友達によって変えていることで、荒巻はミステリーファンだし、桜木は健康オタクだし、もう一人は資格検定に凝っていた。
 結局のところ、平田が宵の口に寝るのは、食後胸焼けし、そんな時間に寝たことがある。それが習慣になり、胸焼けしなくなってからも、その癖が付いてしまったようだ。昨日寝た時間に寝入りやすく、昨日起きた時間に起きやすい。それだけのことかもしれない。
 
   了



2013年12月16日

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