小説 川崎サイト

 

ぼんやりさん

川崎ゆきお


 一瞬、何もないことがある。頭の中が。
 これは単にぼんやりとしているだけのことで、結構居心地がいい。何かが休んでいるためだろう。
 その間、居眠ってるわけではないが、その逆に熱中しすぎると、ぼんやり状態に近いことが起こっている。一つのことに集中しすぎ、その周辺がぼんやりとしたものになっている。熱中すると他が見えなくなるようなことは日常的にもある。
「ぼんやりねえ。いいんじゃないかい。君は特に何もしていないのだから、一日中ぼんやりしているようなものなんだから」
「いやいや、ぼんやりする方が難しいよ。これはやろうと思っても、なかなか出来るものじゃない」
「ぼんやりなんて簡単じゃないか。君はぼんやりしすぎて、職を失ったんだからね。集中力が足りないからミスばかり犯していたんだ。そりゃ、首になるよ。使い物にならないんだから」
「いや、そう簡単には首にならないよ。自分から辞めたんだ」
「その理由はぼんやりにあるんだろ」
「だから、ぼんやりなんて、やろうとしても、出来るものじゃないから、作為的じゃない。サボっていたわけじゃないんだ」
「いやいや、そうじゃない。君はいつもぼんやりしているんだ。だから、ぼんやりがデフォルトなんだよ。気付いていないだけでね。普通の状態がそもそも君の場合、ぼんやりさんなんだ」
「さん付けはいらないと思うけど」
「そこのメガネ、何ぼんやりしているって、学校でもよく注意されていたじゃないか。その先生の注意にも反応しないほど、ぼんやりしていたぜ」
「だって、メガネって、誰なの」
「君のことだよ」
「それは知ってるけど、僕の名前はメガネじゃないから、誰に向かって言っているのか、すぐには分からなかった。メガネかけてる人、他にもいるしね。あの先生、僕の名前、忘れたのだと思ったよ」
「君はいつもぼんやり状態なのだから、その状態で、さらにぼんやりがあるとすれば、それはもう眠ってるよ」
「だから、ぼんやりなんて、していないよ。部屋でぼんやり過ごしているように見えても、本当にボーとしているときなんて希だよ」
「じゃ、最近何をやってるの」
「色々なことを思い出したり、考えたり」
「何を」
「だから、あの町はどうなったのかなあ、とか、あの友達は今頃まだ仕事辞めないで働いているかなあ、とか、三日前に食べた赤飯、あれは美味しかったなあとかだよ」
「だからそれを、ぼんやりしていると言ってるんだよ」
「そうじゃないよ。かなり集中しないと、思い出せないんだから」
「有為なことを考えなさいと、言ってる!」
「有為か」
「そうそう、そんなどうでもいいようなことを思い出すんじゃなく、今の状態を打開するようなことを考える」
「今の状態かあ」
「そうだよ。職を探さないと駄目だろ。将来どうするんだ」
「それが有為か」
「そうそう。未来に役立つことで動くんだ」
「それは知ってるけどねえ」
「だったら、ぼやぼやしないで、やるべき事があるだろ」
「それも分かってるけど、なかなか」
「なかなか、何?」
「まあ、適当でいいから、そのあたり。また就職するから」
「ぼんやりさんは流される。もっと自分を持つことだな」
「ありがとう」
「しかし」
「え、何かな」
「といって、君が熱中している姿は見たくないなあ。怖いような気がする」
「就活が熱中かい」
「それなりに真剣に考えるだろう」
「でも、熱中しなくても出来るよ」
「まあいい。それは」
「気になるなあ」
「やはり、いい」
「何が」
「君がぼんやりさんから変身した場合、もう僕とは友達ではいられないような気がする」
「はて」
「分からない?」
「うん」
「だから、いいんだ。気が付けば困るよ」
「あ、そう」
 
   了



2013年12月18日

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