小説 川崎サイト

 

廃都の夢

川崎ゆきお


 住めば都ではないが、今住んでいる場所が一番落ち着ける。と、里中は考えた。一番があるのだから二番もある。それは、それまで住んでいた場所だ。この時期、そこが都で、住めば住むほど住み慣れる。この慣れるが曲者で、別に悪いことではないが、人には適応力があるのだろう。水が変わると弱る金魚もいるだろうが、結局は水道の水だ。
 里中は引っ越してから数年経つ。最初の頃は違和感があった。いつもの部屋ではなく、いつもの場所ではないためだ。
 引っ越しのとき持ち込んだ家具類が、以前からの何かを引き継いでいるので、それが拠り所になる。そういうものに頼らなくても、困るようなことはないのだが、続いていることが大事なようだ。
 それでしばらくすると、この場所が一番馴染めるようになるのだから、不思議だ。
 その馴染んでいた頃、里中は夢を見た。
 以前に住んでいた自分の部屋だ。いつもいた部屋がありありと見える。十年ほど住んでいたため、目に焼き付いて残っているのだろう。
 しかし、そこへまた戻りたいという気は起こらなかった。引っ越したのは転勤のためで、違う場所に住みたいので越したわけではない。だから、最初は嫌だった。
 ところが、数ヶ月ほど経過すると、不思議と落ち着いてきた。そして、今ではここでないといけないと思えるほどになる。これを住み慣れる、ということなのだろうか。
 その後も、以前いたところの夢を見るが、徐々に妙な夢に変わっていく。そのアパートの、自分の部屋とは違うドアを開けると、自分の部屋だったりする。また、その階に十世帯ほど入っているのだが、全部空室になっている。
 その町は、これも仕事の関係で住んでいたため、もう二度と行くようなことはない。また用事もない。そのため、引っ越し後、一度も行っていない。
 そして、夢の中では徐々にこの部屋が怪しいものになっていく。押し入れを開けると階段があり、下の階の押し入れと繋がっていたりする。
 また自分の部屋なのに見知らぬ人が、ベッドで寝ていたり、エアコンから熱湯が出て困ったりとか。夢の世界なので、やり放題だ。
 そのうち、夢の中でのその部屋は忌み嫌うような場所に変化していくのだが、何とも言えない懐かしさもある。
 目が覚めたとき、今いるこの部屋も、そういう廃都のようになるのかと思ってしまう。いずれ、ここも引っ越すはずなのだから。
 しかし、今はここが都であり、一番落ち着ける場所になっている。
 
   了



2013年12月19日

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