小説 川崎サイト

 

怪談の発生

川崎ゆきお


 城のような大きな洋館が森の中にぽつりとある。というような風景は日本にはない。そのため、洋館を舞台にした怪談も少ない。
「領主が住んでいたような洋館はないが、城ならある。しかしそんな所に住んでおる人はおらんだろう」妖怪博士が語る。
「日本では何に当てはまりますか」妖怪博士付きの編集者が聞く。
「諸公というのは大きすぎる」
「領主ですね」
「うむ。しかしもう少し規模を落とすと、寺社は別にして、大庄屋や網元や豪商の屋敷がそれに近いかな」
「はい」
「それらは西洋の古い洋館のように、まだ残っておるじゃろ。近いと言えば、これが近い。敷地も広いし、屋敷も広い。そんなところに、もう老夫婦しか住んでおらん場合もある。ここなら怪異もありそうじゃ」
「ありますねえ。住宅地の中に古い農家が」
「部屋数は多いが使われてはおらん。大きな洋館のように沢山部屋がある。これなら出そうだ」
「しかし、やはり森の中にぽつりとあり、世間とは隔離されたような場所にあるほうが雰囲気が出ます。日本では無理でしょうか。そういう場所は」
「山の中の別荘、山荘ならあるかもしれん。古い旅館でもいいのう。旅館街が寂れ、部屋数は多いが、殆ど使われておらん。流行っていた頃に何度も建て増し、迷路のようになっておる。本館にいるのか別館にいるのか、よう分からんような」
「そっちの方が出そうですねえ」
「遊郭跡なんかもそうじゃのう」
「それで博士、ポイントなんですが、洋館怪談のキモは」
「キモか」
 妖怪博士はしばらく考えている。
「私も洋画でしか見たことがないのでなあ。ホラー映画でしか」
「はい」
「やはり、部屋数は多いが、長く使われておらん。場合によっては誰も住んでおらん。要は寂しい場所。人がいるはずなのにおらん。遊郭なら往時の賑わいが逆に寂しく感じられよう。旅館もそうじゃ、庄屋や名主の大きな家、大名を泊めた陣屋跡、網元屋敷、いずれも今はひとけがない」
「じゃ、賑わっている旅館なんかは駄目ですねえ」
「ホテルもそうじゃな。全部満席では雰囲気が出ん。百室あり、泊まっているのは自分一人だと、怖いだろう」
「あ、はい」
「では、幽霊が先ではなく、雰囲気が先なのですね」
「往時の繁栄というか、そういうものが消えたとき、いい雰囲気になる。空き家や廃屋、使われていない校舎などがそうじゃ」
「大きな病院なのに、入院患者一人ってのも、怖いですねえ」
「そんなことは今では考えられんが、あれば怖いだろうなあ」
「要するに、出てもかまわないような条件に持ち込むことですね」
「まあ、好きで怪談専用物語のために、そんなお膳立てをするわけじゃないだろう。意に反してそうなったとか、本来はそうではない状態……というのが好ましい」
「そこで出る幽霊や妖怪は、どんなものがいいですか」
「いや、何も出なくても怖いわい」
「あ、はい」
「場の怖さというのがある」
「はい」
「ただ怖いだけでは底知れず怖いので、幽霊が出るとか、怪異が起こるとか、言い出すのじゃ」
「そんなことを言う方が怖いじゃないですか」
「そうではない。怖さの正体を言う方がまだ、ましなのじゃ。それに自分より先に体験した人がおると安心じゃないか。その先人、怖いだけで無事だったりしてのう」
 編集者は、納得出来ないようだ。
「得体の知れぬ怖さは、想像が作り出す怖さじゃ。何々の幽霊が出ると言えば、特定出来る」
「そんなものですか」
「怖さが絞られるので、その屋敷内で注意すべきは幽霊だけになる。もっと怖いものが横にいてもな」
「妙な心理ですねえ」
「私が考えている怖さは、いかにも出そうな場所ではない場所で出ることじゃ」
「油断してますからねえ」
「まあ、そんな所に出ないのは、出るわけがないと思っておるからだ」
「はい」
「理解出来たか」
「いえ」
「うむ」
 
   了



2013年12月20日

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