小説 川崎サイト



真っ白

川崎ゆきお



 福田は頭が真っ白になった。白髪鬼になったわけではない。目の前が真っ黒になったわけでもない。ただただ真っ白くなった。
 原因は分からない。真っ白にフォーマットされたためかもしれない。
 そして真っ白な空間に色が戻り出した。白くなったのは一瞬のようだ。そうでないと歩道を歩けない。
 地下鉄の駅が近い。福田は階段を下りようとしたが足を止めた。
 どうして真っ白になったのかが気になるからだ。このまま家に帰りたくないのかもしれない。
 福田は歩道から枝道に入る。繁華街への裏道だ。呑みに行くとき、何度も通っている場所だが、一人では滅多にない。
 ここ数年、誘ってくれる同僚がいない。仲間外れになっていることは感じている。
 なぜそうなったのかは考えたことはない。考えたくないのだ。
 職場でも孤立しているのではないかと思うことがある。それも出来るだけ思わないようにしている。
 どうしてそうなったのかは、福田自身に問題があるからだ。
 しかし福田は改めようとしない。仕事は人より多くこなしている。そこには問題はないのだが、人間関係に難がある。
 動かし難いものがある。それを変えると、福田が福田ではなくなってしまう。福田ではない福田を福田は演じ切れない。だからそこは動かせない。それは福田にとり自明のことで、考える余地は一ミリもない。
 裏道にも店がある。入ったことのない小さな飲み屋だ。常連でないと入れないだろう。
 そこを抜けるとアーケードのある通りに出る。ネオン看板が忙しく点滅し、人が流れている。
 真っ白になってから数分経つ。福田も落ち着きを取り戻した。
 事務所から出るとき、何か言われたのだ。原因はそれであることは明白だ。
 だが、何を言われたのかは蓋で密封され、出てこない。
 かなりのダメージとなる言葉だったはずだ。言ったのは部下の女だ。
 それを言えばおしまい……という言葉がある。彼女はそれを知らないで言ったのだろう。その砲弾を受け、福田は粉砕した。
 福田は淡々と歩いている。人とぶつかりそうになれば自分から避ける。
 そしていつの間にか繁華街を抜けていた。
「さて」
 と、福田は呟きながら来た道を引き返した。
 
   了
 
 



          2006年11月21日
 

 

 

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