小説 川崎サイト

 

消えたデータ

川崎ゆきお


 師走のせわしい時期、前田のパソコンが動かなくなった。壊れたのだ。古いデスクトップで十キロほどある。まだそんな古いパソコンを使っているのかという感じだが、不思議と動いていた。
 問題はデータだ。古いメールなどが残っている。殆ど見ることはないのだが、昔で言えば手紙や葉書のようなものだ。郵便物ならそれなりに残っているかもしれない。メールなので保存場所そのものが消滅してしまった。ただ、それらは古い記録で、今現在必要なものではない。
 前田は大事な情報はネット上のスペースに上げており、今すぐ困ることではない。
「バックアップは取ってなかったの?」
「自動バックアップソフトを使っていたんだが、起動する度に、うるさいので、最近は手動にしてたんだ」
「自動だから、手間はかからないだろ」
「古いパソコンなので、起動が遅いんだ。だから、少しでも早くしようと。それに同期中動作がおかしくなる」
「まあ、パソコンが壊れることはよくあるから」
「しかし、昔のメールやファイルが消えてしまうのはなあ……」
「そうだね」
「写真も結構あるんだ。記念写真だけどね。それもパーだよ」
「業者に頼んで、取り出して貰えば?」
「パソコンは何度も修理というか、修復して貰ったけど、ハードディスクがもう限界だって言われた。いつクラッシュするか分からないって」
「じゃ、その日が来たんだ」
「それが、昨日だった。動いていたから、壊れるなんて想像もしていなかったよ」
「また復旧して貰ったら」
「高いんだ」
「パソコンが買えそうだね」
「どうせ、もう買わないといけない時期だから」
「バックアップしてなかったことが問題だけど、やってなかったってことは、それほど大事なデータが入ってなかったんだろ」
「まあ、そうなんだけどね。でも残念だ。思い出なんかが消えるから」
「頭の中で、覚えておけばいいんだよ」
「ああ、でも、すぐ忘れるから」
「忘れてもいいような内容なのかもしれないよ」
「そうかなあ」
「本当に大事なものなら、それなりに守ろうとするさ。しっかりバックアップしてる」
「そうなんだけど、壊れたときにしか役立たない」
「そのためにやるんだよ」
「まあ、いいか」
「うん、諦めるんだね。昔の人なんて、写真なんて残していないよ」
「ああ、カメラそのものがなかった時代だからね」
「手紙もそうさ。文字が書けない人も多かったんだから」
「うーん」
「だから、物で残していたんだよ。行楽地で買った土産物の人形とか」
「ああなるほど。それを見ると、旅の思い出なんかを思い出すわけか」
「まあ、そういうものも、捨てたりして、消えてしまうけどね。大事な物は残している。その物じゃなく、そのものの思い出を残すためにね」
「そういえば、小学校の修学旅行で買った土産物、まだ何処かに仕舞ってるよ」
「何を買ったの」
「貝殻だよ」
「ハハハ、貝殻か。その近くの海の貝殻かどうか分からないけど、その土地の空気がまだくっついているかもしれないしね」
「まあ、諦めて新しいパソコンを買うよ。しかし、メールアドレスが消えたので、連絡が……」
「必要なら、相手からメールが来るよ。電話もかかってくるよ」
「そうだね」
「儚いものだよ。パソコンのデータって」
「うん」
 
   了



2013年12月22日

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