小説 川崎サイト

 

忘年会

川崎ゆきお


 年寄り達が湯豆腐で忘年会をやっている。町内の散歩仲間だ。
「忘年会の忘年って、今年を忘れることですか」
「ああ、嫌なことを忘れることでしょうなあ」
「いいことは覚えていても、いいのですね」
「あなた何十回、年を越してます。忘年会も何度もやっているでしょ」
「ああ、忘年会は飲み会ですからねえ。年忘れの行事だと改めて考えたことはなかったです」
「いいことは忘れなくてもいいんじゃないですか。悪いことは思い出してしまうと嫌なので、忘れるのです」
「忘れられますかねえ。トラウマのようになって、なかなか忘れないんじゃないですかなねえ」
「まあ、忘れて白紙に戻し、新年を迎えるのですよ」
「それよりも」
「何ですかな」
「覚えておかないといけないことも、最近忘れてしまいます。だから、自動的に消えるので、忘年会をやる必要はないような気がしますよ。だから飲み会でもいいのではと……」
「善いことも忘れますかな」
「はい、忘れることがありますねえ」
「ほう」
「大事なことは忘れますが、つまらんことはよく覚えています」
「まあ、そう言わず、忘年会で白紙にし、新年は真っ白なページから始める感じでいいんじゃないですか。気持ちの切り替えの問題でしょう」
「しかし、この一年、忘れてしまっていいんでしょうかねえ。結構ドライな話ですよ」
「いつまでも覚えていると面倒だからでしょうねえ」
「恩なんて、どうでしょう」
「ああ、恩ねえ。恩を忘れると駄目でしょうが、その恩に縛られて動けなくなるのも、また駄目でしょうなあ。恩を受ければ恩返しが必要。これは助けられてばかりの人なら借金を貯め込んでいるようなものですよ」
「でも、返さないと駄目なんでしょ」
「返す気がある程度、でいいんじゃないですか。実行はなかなか出来ないが、忘れてはいないと」
「じゃ、それは忘年会でも消えないんですね」
「忘れちゃ駄目だが、まあ、そこは適当に」
「あなた、この前、千円貸しましたよ」
「あ、そう。忘れてた」
「これは恩じゃなく、具体的なものだから、そういうのを忘れちゃ困りますよね」
「申し訳ない」
 老人は財布から千円札を取り出し、返した。
「もしかして、あなた、これが言いたかったのですかな」
「はい、忘れてもらっちゃ困りますからね。しかし、千円程度なので、どうってことはないのですが、気になりましてねえ。忘れてしまっているんじゃないかと」
「確かに忘れていましたよ。忘年会などしなくても、どんどん忘れていってしまいますからね。それに都合の悪いことは更に忘れやすいです。しかし、言ってくれて助かりました。気付かなかったのですから」
「この湯豆腐パーティーの会費、千円でいけますかな」老人が幹事に聞く。
「はい、あなたはアルコールなしなので、千円で十分です」
 金を借りていた老人が何かを思い出したようだ。
「そうそう、忘年会は、この年の苦労を忘れることだった。だから、何でもかんでも忘れるんじゃなかったですよ」
「ああ、そうなんですか。じゃ、ご苦労様会なんですなあ」
「そうそう。お疲れさん会ですよ。今年の打ち上げですよ」
 しかし、この年寄り達の集まりは散歩仲間なので、特に苦労があるわけではない。
「また、元旦早々から歩きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 必要のない忘年会かもしれない。
 
   了



2013年12月29日

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