小説 川崎サイト

 

水掛観音

川崎ゆきお


 六階建ての古いビルだが、とある会社の本社ビルでもある。その六階フロア全てが社長専用だ。そのため、そこまで上がれる人は限られている。
 そこへ霊能師が上がって来た。身なりは普通のスーツ姿で、髪型も普通だ。どう見ても中年のサラリーマン。
 エレベータを出ると、老いた執事のような秘書がいる。話が通っているのか廊下の奥の部屋に案内された。
「怨念が溜まっておると?」
「はい」
「わしは別にそんな怨みなど溜まってはおらん。特に怨みに思う相手もいない」
「社長ではなく」
「わしではなく……」
「複数の人の怨みをかっておられます。それが溜まっております」
「それで、最近体調が悪いのかな。そんなわけはない。それは年だし、そんなものだ。医者に診せても、何ともない。しかし、最近不幸が続く。やることなすこと上手くいかんようになった」
「怨念を落とすことです」
「だから、溜めておるのはわしではないのだろ」
「怨まれていることは確かです。その念が不幸をもたらすのです」
「だから、何とかしてくれと、頼んだのだ」
「はい、お任せ下さい」
「しかし、誰から怨まれているのかは分からん。かなりおるはずだが、どうすればいい」
「昔なら寺でも建てて、供養するところですが、怨みながら亡くなった相手はあまりいないと思います」
「怨まれるのが怖くて会社などやってられん。誰でもそうじゃろ。わしが勝てば相手は負ける。負けた相手が怨みに思うなどお門違いじゃ。これはビジネスなのでな」
「軽い怨み、嫉妬、悪い念が方々にあり、それらを合計すると、かなり溜まっていることになります。ちりも積もれば山となるです」
「だからどうすればいい。別室にお稲荷さんを祭っておるが、あれでは駄目か」
「徳を持って、慈悲に努めることです」
「お祓いをしなくてもいいのか、君は霊能師だろ。そういうのを取り払えんのか」
「だから、数が多いのです。あなたに憑いたものではありませんから」
「つまり、今後善行を積めば、その怨念は消えるのじゃな」
「一般にはそうです」
「罪滅ぼしのようなものになるのは、しゃくに障る。逆恨みも多い。それにいちいち怨まれないように仕事をやるなどあり得ん。身動きが取れんではないか。わしも慈悲の心は持っておるし、慈悲を施したこともある。泣きつかれて許してやったこともあるし、譲ったこともある」
「あ、はい」
「何か術はないのか。それを消す。霊能師だろ。君は」
「では怨念壺を設置しましょう」
「それそれ、そういう具体的な物が必要なんじゃ」
「怨念壺は小型の水瓶です。そこに水を満たし、一週間ほど寝かせて下さい」
「その壺は高価なんじゃろ」
「適当な壺で結構ですが、柄杓が入り、水を汲めればそれでいいのです」
「水道の水でいいのか」
「はい、だから一週間ほど寝かせて、出来れば陽の当たるところに置いて下さい。水道水のカルキ抜きです」
「じゃ、金魚の水槽でもいいのじゃな」
「壺がいいです。透明なものより」
「まあ、有り難そうな壺の方が霊験あらたかそうなので、そうする」
「古い壺を骨董品屋でも行き、買って下さい。水瓶でもいいのですが、大きすぎます」
「うむ」
「社長は仏様を信じておられますか」
「特にこだわりはないが」
「神様は」
「それもこだわりはない」
「お稲荷さんを祭られていると聞きましたが」
「このビルが建つ前にあったので、保存しておるだけじゃ」
「では、宗派は何でもよろしいのでしたら、水掛観音に致しましょう。これも骨董品屋で適当な物を買って下さい。水をぶっ掛けてもよろしいように金属製にしてください」
「おおよそ理解出来た。壺の水を観音像に掛けるのじゃな」
「ご名答です」
「それで効果があるのか」
「怨念を水に流す……となります」
「それは、落ち着きそうじゃ。そういうパフォーマンスが大事なんじゃ。具体的な」
「はい」
「それらを用意するのも面倒なので、壺や柄杓や仏像のセットを、君が買って、設置してくれ。部屋は用意する」
「はい」
 その霊能師は妥当な値段の古壺などを買い、妥当な値段の設置料を請求した。
 社長は暇なとき、水掛パフォーマンスを楽しんだ。
 その後、他人の怨念による影響が薄くなったのかどうかは分からない。あまり変わらなかったのだが、気晴らしにはなったようだ。
 
   了



2013年12月30日

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