小説 川崎サイト



ある記憶

川崎ゆきお



 忘れていた町がある。思い出すきっかけがなかった町だ。
 弘田はなぜその町を思い出したのかが分からない。いきなりその町のことが頭に入って来た。急に飛び込まれたような感じだ。
 何かのきっかけで入り込んだのだ。何がスイッチとなったのかが気になるが、その町のことがもっと気になった。
 そんなことで休日を使いたくなかったが、他にやることもない。部屋でゴロゴロしているだけだ。それなら出掛けてみるのも一興と思い、ドアを開けた。
 その町は十代後半に行った。都心部から離れた下町だ。
 弘田は一度都心に出てから、その町を通る私鉄に乗った。
 大学のサークルの集会があった町だ。町歩きのサークルで、男女合わせて十数人はいただろうか。部員の入れ替わりが激しかった。
 弘田は友達に誘われて入部したが、すぐにいなくなった。かわいい子がいないというのが理由らしい。
 弘田は一度だけ部活に参加した。それがこの町なのだ。金魚の糞のようについて行ったことを覚えている。
 下町を少し歩いただけで駅前に戻り、予約していた飲み屋に入った。
 弘田は二十年ぶりに駅前に立ち、飲み屋を探したが、見つからない。
 友達はやめていたので、話し相手がいないのでひたすら飲み食いした。会費を取り戻すほど呑んだ。
 途中から記憶がなくなり、起こされたときは数人しか残っていなかった。
 弘田は吐き、ふらふら歩きで電車に乗った。
 なぜこんなどうでもいいような記憶が出て来たのだろう。
 弘田は不思議に思いながら少し歩いてみた。駅からちょっと離れるともう住宅地だった。
 下町風景があったはずなのだが、建て替えられたのか、今風な新建材の三階建ての小さな家で込み合っている。
 弘田がローンで買った家と同じタイプだ。
 あのサークルが何だったのかは後で分かった。弘田はそれを知って行かなくなった。
 昔はそんなこともあったと思いながら歩いていると、よい気分転換になった。
 何でもない古い記憶の誘いに乗るのも悪くはない。
 
   了
 
 




          2006年11月23日
 

 

 

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