小説 川崎サイト

 

夫婦地蔵

川崎ゆきお


「これは怪異談ではなく、笑い話なのだがね」
 妖怪博士は苦笑いしながら語り出した。
「妖怪は出てきますか」妖怪博士付きの編集者が聞く。
「まともなものが、一寸変わっていると妖怪だと言えるが」
「まともなものですか」
「ああ、世の中に、これは妖怪だと言えるようなものなど、殆どないだろう。あれは寺だ。あれは神社だというように、あれは妖怪だと言えるものはない」
「妖怪を見出すのが妖怪博士のお仕事でしょ」
「余計な仕事じゃ。まあ、関係者が妖怪だと受け入れれば、そのローカルな範囲内では妖怪が存在出来る」
「それで、笑い話なのですが、どんな感じですか」
「感じねえ。確かに感じとしてしか言えん。そんな感じがする。あんな感じがする。それが妖怪かもしれんが、今回はそれでさえなかった」
「はい」
「夫婦地蔵というのがある」
「夫婦岩のようなものですか」編集者が、適当に言う。
「夫婦岩なあ。伊勢にあるのう。夫婦山もあるかもしれん。まあ夫婦のような男女の対を現す」
「カップルですね」
「一方は大きく一方は小さい」
「同じサイズだと双子岩になりますねえ」
「まあ、そうなんだが、夫婦地蔵は翁と老婆じゃ」
「お婆さんとお爺さんですね」
「これは宗派が分からん。地蔵となっているが、仏とはまた別のものじゃろう。神仏以前の土着的なものかもしれん。こういう曖昧なものは妖怪的じゃが、まあ強引にそこに持ち込む必要はない」
「それで、夫婦地蔵が、どうかしましたか」
「ある村はずれに、それがあると聞いて、行ってみた。といっても団地や公園が出来ておって、昔の面影はない。最近建ったような住宅も多い。昔は村と村との境界線だった場所のはず。地蔵はそんな場所にあることが多いからのう」
「その夫婦地蔵は何をするものですか」
「ああ、何に効くかだな」
「はい」
「メインはお婆さんの方でな。夜泣き、疳の虫、その他子供の病気や、乳がよく出るとか、様々じゃ。子育て地蔵かな。それがお婆さんの形をしておる。だから、地蔵菩薩のお顔とは違う。婆の姿でな」
「その婆さんが飛び出るとか」
「石の婆さんが、飛び出るか。確かにそれは妖怪」
「そうじゃないのですか」
「そんな危ないものをお参り出来んじゃろ」
「そうですねえ」
「婆さんに向かい願をかける。地蔵と名が付いておるのは、地蔵菩薩は子供が好きだという言い伝えがあるからだろう」
「お爺さんは何をしているのですか」
「お爺さんには、お婆さんに頼んでもらうため、拝む」
「え、どういうことですか」
「念のためじゃ。お婆さんにお願いするが、更にお爺さんからもお願いしてもらうためじゃ」
「じゃ、お婆さんはぼけているのですか。願い事を実行しないのですか」
「だから、念のため、お爺さんからも頼むということじゃ」
「はい」
「これは夫婦地蔵となっているが、お婆さんだけの地方もある」
「博士はそれを見に行かれたのですね」
「そうなんじゃが、宅地の中に埋まってしまい、見つからん。聞いた話では祠の中に入っているらしい。だから、それらしいものを探し、ウロウロしておった。昔の村道をたどればいいのじゃが、寸断されており、道筋が見つからん。町名の変わるような場所を重点的にたどっておると、それらしきものが目に入った」
「はい、よかったですねえ。でも、もうこの時代そんな信仰をする人もいないでしょ。医者へ行けばいいんですから」
「だから、未だに残り、しかも祠に入っておるのじゃから、大切に保存されているのじゃと感心した」
「はい」
「それらしいのをやっと見付けて、私は喜んだ。こういうものを発見するのは、妖怪を発見したほどに嬉しいものじゃ」
「よかったですねえ」
「それで、変わった祠でなあ。供え物があるが、その容器が一般的ではない。大きなお椀のような形をしておる。更に花などを供える花瓶もない。竹筒でもいいんじゃ。それに妙な匂いがする」
「その祠が実は妖怪で」
「その正体はすぐに分かった」
「何だったのですか」
「犬に吠えられた」
「え」
「祠だと思っていたのだが、犬小屋だった」
「はあ」
「散歩から戻ってきた犬に吠えられた。飼い主が妙な目をしておる。私はしゃがみながら犬小屋を見ていたのでな」
「ああ」
「だから、笑い話じゃと断っただろ」
「あまり笑えませんが」
「苦笑談とでも言うべきかな」
「すぐに気付かなかったのですか」
「夫婦地蔵の祠しか頭になかったので、犬小屋がそう見えたんだろうなあ」
「はい、ご苦労様でした」
 
   了



2014年1月3日

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