小説 川崎サイト

 

有り難い話

川崎ゆきお


 岸和田は火祭りに来ている。御札などを燃やす日だ。昨年頂いた御札を燃やし、今年の分を買う。この神社の御札は賞味期限がある。一年だ。しかし、岸和田の家には串に刺したものや、紙だけのものなど、何枚もの御札が貼られている。旅先で買ったものなので、返しに行けないし、また、その必要のない御札もある。
 今日、来ているのは、返す必要のある御札だ。そのタイプの一年消費の御札が数枚ある。電車に乗り、日帰りで行けないわけではないが、面倒になり、近くの神社だけのにしている。
 結局一番近くにある徒歩距離の神社の御札だけにした。毎年毎年では面倒臭いので、もうそんな御札は買わないでおこうと思っている。
 御札を返す場所は、ゴミ置き場のようになっており、そこに投げ込まれていた。火祭りの日は、それを燃やすのだが、岸和田はその日に来たので、火の中に直接投げ込んだ。しかし、火の勢いで気流が立つのか戻ってくる。それで、風上から投入すると、炎の真上でひらりと舞った。
「それは験が良い」
 岸和田の横にいた老人が言う。
「御札燃やし占いでもあるのですか」
「そうではないが」
 この老人、適当に言ったようだ。
「わしも返しに来たんじゃがね、果たして効いたのかどうか分からん」
「あ、はい」
 岸和田が燃やしたのは家内安全と書かれたものだ。
「去年はろくな事がなかった。だから、効かなかったようじゃ」老人が言う。
「でも、無事に返しに来れたのでしょ」
「無事?」
「はい」
「まあ、ここまで歩いて来れたんだが、腰をやられた。だから、歩くだけでも大変なんじゃ。決して無事じゃなかったよ」
「そうなんですか」
「だから、お礼を言うかどうか迷っておる。あの御札、よくやってくれたのならお礼参りもするが、そうじゃない。健康も害したし、株で失敗し、大損した。半分に減った。まあ、それはわしの判断ミスだったがね。それに身内に不幸があった」
「しかし、御札のおかげで少しだけましな状態じゃないのですか」
「どういう意味かね」
「本来なら歩けないほど腰が悪くなっていたとか」
「ああ、そのパターンねえ。歩ける程度で済んだのだから、御札のおかげだと」
「そうです」
「まあ、こんなものは効かんよ。分かっていて、毎年毎年買うんだけどね。買わないとね、悪いことが起こりそうな気がするんで、ついつい買ってしまう。もし何か悪いことが起こったとすれば、御札を買っていなかったためだと思ってしまう。そんなこともあって、買わないと不安なんだよね」
「それは分かります。僕も何カ所かの神社やお寺の御札を持っています。貼ってると落ち着きます。でも、貼りっぱなしのもありますよ」
「期限なしのがいいねえ。だから、わしは今年はここで買わないことにした」
「乗り換えられるのですか」
「そうだ。少し遠いが、いい所を見付けたんだよ。そこは無期限だ。貼りっぱなしでいい。また、無料で色々な供養もしてくれる。人形でもいいし。さらに嬉しいのは他の場所で買った古い御札も扱ってくれる。実際には燃やすんだけどね」
「僕にも教えて下さい」
「じゃ、これから一緒に行くかい。お寺だけど、御札は無料だ。拝観料もいらない」
「はい、お願いします」
 どちらにしても紙切れ一枚で何とかなる話なら、それこそ有り難い話なのだが。
 
   了



2014年1月8日

小説 川崎サイト