小説 川崎サイト



あばよ

川崎ゆきお



「旅人?」
「そうさね」
「ここは住宅地だよ」
「そうだね」
「観光地じゃないよ」
「そうそう」
「で、職業は?」
「旅人だ」
「そんな職業はないよ」
「じゃ、職業って何だ?」
「それで生計を立てている仕事だよ」
「じゃ、旅人だ」
「旅行で食べて行けるのか」
「食っとるさ。だからこうして生きているんじゃないか」
「例えば?」
「何を例えるんだよ?」
「例えばどうして食べるんだ? 旅先で」
「それはいろいろだよ」
「盗みとか?」
「盗まないさ」
「じゃあ、どうした飯を食うんだ?」
「売ってるじゃないか」
「じゃあ、その金はどこで稼ぐ」
「いろいろさ」
「盗むとか?」
「盗まないさ」
「こんな住宅地じゃ、見るものもないだろ。泊まる場所もないはずだよ」
「ここは通過するんだよ」
「身元を証明するものはないの?」
「ない」
「じゃあ財布を見せてくれるかな」
「いいよ」
「大きな札入れだな」
「抜かないでよ」
「大金だな」
「盗んでないよ」
「金持ちか?」
「それが全財産さ」
「本当に旅行者なのか?」
「旅行家だと言ってるだろ」
「旅行では食えないでしょ」
「だから食ってるよ。こうして稼いでる。札束を見ただろ」
「これから何処へ?」
「気の向くまま足の向くままよ」
「渡世人か君は」
「浮世を渡り歩いてるだけさ」
「分かった、行っていいよ」
「あばよ」
 
   了
 
 




          2006年11月24日
 

 

 

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