小説 川崎サイト

 

テレビの中の世界

川崎ゆきお


 奥田はテレビを見なくなった。故障したからだ。そのまま放置している。直す気はあったが、部屋が散らかっているので、修理の人を呼べない。先ずは掃除してからと考えたのだが、滅多に掃除はしないので大掃除になる。そのため、しばらくテレビなしの生活になった。
 最初は目や耳が寂しかったが、インターネットで動画ニュースなどを見ていると、それで何とかなった。そのうち動画も見なくなった。ニュースだけなら見出しだけで十分だったのだ。それに早い。
「あの世界はどうなったのだろうかなあ」
 ある日、遊びに来た竹田にテレビのことを語った。
「あの世界って」
「テレビの世界だよ」
「ブラウン管の中の世界だね」
「古いよ。今は液晶だよ」
「じゃ、デジタルの世界だ」
「それでテレビの中の世界が気になった」
「ああ、相変わらずやってるよ」
「たまに聞こえてくる」
「お隣さんのテレビかい」
「それはしっかりとは聞こえないけど、いつも行く喫茶店、テレビをずっと付けている店なんだ。僕がいつも座る席からは見えないけどね。カウンターの中のママさん専用みたいな感じだ。暇な店なので、見ているんだろうね。僕もテレビが故障する前までは、ずっと付けっぱなしにしていたよ。それで、聞こえてくる」
「テレビの中の世界が漏れ聞こえるんだね」
「聞き覚えのあるアナウンサーの声がする。どんな番組かも知っている。当然顔もね。でもこれ、あと数年経てば、いなくなるんだろうねえ。知らないアナウンサーが出てきたりするし、番組も変わる。今なら、声だけでも何の番組なのかは想像出来るし、画面も何となく分かる」
「じゃ、早く浦島太郎になる前に修理してもらったら」
「そうするつもりなんだけど、しばらく見ていないと、見ていないことが普通になるんだ。逆にテレビの中の世界が妙に感じられる」
「まあ、風景を見ていると思えばいいんだ。沿道風景のようなもので、その道を通らないと見えないだろ」
「いや、道は部屋から繋がっているよ。テレビは繋がっていない」
「付けないと見られないからね」
「でも、その喫茶店へ行けば聞こえてくるから、まだやってるんだ」
「当然だよ。どの家にもテレビはあるだろ。だから、そこでやっているよ。同じものを」
「じゃ、ありふれたものなんだ。本屋へ行けば同じ本があるようなものか」
「そうだよ」
「じゃ、本を読まなくなるように、テレビも見なくなることもありだね」
「ああ、それはご自由に、だよ」
「テレビの中にも本の中にも世界があるんだなあ」
「そんなことが気になるの」
「まあ、なくても困らないけど、今度テレビを見始める前が問題なんだ」
「見る手前?」
「また、あの世界と付き合うのかと思うとね」
「テレビとの付き合い方の話かい」
「世界が一つ開けるんだけど、上手く取り込めるかどうかが心配なんだ」
「テレビを見るのが怖い話かい」
「一度抜くと分かるよ」
「ああ、僕も数年見なかった時期があるねえ。嫌なものを見てしまったりするしね。現実をかなり曲げてるでしょ。そういう嘘臭さが嫌になってね。でも今は見ているよ。現実には体験出来ないようなものを見せてくれるし、知らなかった知識を得ることも出来る。テレビでやってた町へ実際に行ったことがあるしね。テレビのおかげで知らなかった場所へ行けたよ」
「そうだね。やはり修理してもらうよ」
「大掃除はどうするの」
「ああ、やるよ」
 
   了




2014年1月11日

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