小説 川崎サイト

 

好奇心の秘密

川崎ゆきお


「生き伸びる秘訣は好奇心ですなあ」
 師匠が適当なことを語り出す。こういう話が好きなのだ。
「生き延びることに関して好奇心を持つことが好ましいのですか」弟子が聞く。
「生き延びるのは結果じゃな。好奇心が生き延びさせてくれる可能性を秘めておる」
「こ、好奇心とは何でしょうか」
「あれは何かなあ、これは何かなあ……だな」
「じゃ、好奇心が強い方がいいのですね」
「便利なもの、快適なもの、生きるために有利となるものを発見するのも、この好奇心のおかげじゃが、多くの犠牲者も出る」
「山の向こう側はどうなっているのかと好奇心を起こし、登っている最中に崖から落ちたり、遭難する可能性もありますねえ」
「はいはい、ありますとも、ありますとも」
「じゃ、下手に好奇心を起こす方が危ないんじゃないですか」
「何人かが失敗し、そして、登り切り、向こう側を見た人も出るだろう。先人達はなぜ失敗したのかを研究し、そして成功する。すると、山の向こう側は穏やかな土地が拡がっており、豊饒の地じゃった」
「農作物に都合の良い土地だったのですね」
「それは、たとえ話じゃが、その部族はそこへ引っ越し、豊かな生活を送れるようになった」
「でも、豊かになると、また別の欲が出て来たりしますねえ」
「たとえ話はそこまでで、その後の展開は語らぬが花よ」
 この師匠はいつも絵空事を語っているようだ。
「では結論として、好奇心も良し悪しですねえ」
「そうじゃな。余計なことをやって、無駄に終わることも多い。故にダメージを受けたくなければ、好奇心など捨てたが安全」
「どっちなのですか。好奇心のおかげで生き延びられるのでしょう」
「まあ、そこまで極端な話でなくても、日々の中で起こる好奇心でも結構だ」
「結構とは」
「それでもいいという意味じゃよ」
「はい、それなら出来ると思います。怖いことをして、痛くなるのは嫌ですから」
「そうそう、それでよろしい。日々の中で、あれは何だろう、あれはどうなっておるのか、等々と思うだけでも結構」
「それは何でしょう」
「生きる術となる」
「頭が活性化するということですか」
「生きるとは、生き生きすることじゃな」
「はい、生き生きと生きたいです」
「その方が、わくわくし、楽しい」
「そうです」
「だから、その安全な範囲内で、好奇心を実行することじゃ」
「セコイですねえ」
「最初は興味本位、好奇心本位で進める。これは何もしなくても起こることじゃ。動物が、ぽかんと何かを見つめておるときがあるじゃろ。魚もそうじゃ、これは何かと突きまくったりな。それらは無駄な行為じゃが、そういう行為が可能性を広げる。じゃが、妙なものを突いて痛い目に遭ったりする」
「やはり好奇心にはリスクがあるのですね」
「だから、好奇心旺盛なのも良し悪し」
「でも、ぼんやりしているより、可能性は広がるのですね」
「好奇心で冒険の厳しさを知ったある種の動物は、じっとすることを選んだ。この場合大きな進化はない」
「同じ葉っぱしか食べない動物もいますねえ」
「きっと先輩達がひどい目に遭いすぎたんじゃろうなあ」
「そうですねえ」
「しかし」
「はい」
「もう動くパターンは決まっておっても、好奇心はまだある。だから、あれは何だろう、これは何だろうとは思っておるはず。ただ、もう動かないだけのことでな。そして、同じことをやっておっても、より効率的な方法とか、より快適な方法とか、その狭い範囲内での精度を高める動きは続けておるはず。そこには遊びも含まれる」
「師匠」
「何かね」
「だから、どうすればいいのでしょうねえ。この好奇心の扱いは」
「わしの話に実用性はない」
「あ、はい」
「語っておるだけのことじゃ」
 弟子はその日も分かったような分からなかったような話を聞いたが、そんなことは既に知っていたようだ。
 
   了



2014年1月17日

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