小説 川崎サイト

 

妖怪寝坊

川崎ゆきお


「寝坊って何でしょう」妖怪博士付きの編集者が聞く。
「朝寝坊の、あの寝坊かね」
「そうです」
「寝過ごしたんだろう」
「しかし、坊って何ですか」
「坊やだろう」
「ああ、でも女子でも朝寝坊しましたって、言いますよねえ」
「まあ、言葉とはそんなものじゃ、そこに意味はない」
「寝坊って妖怪がいそうですよ」
「そう来ると思うておった」
「はい」
「どんな妖怪なのかな」
「朝寝坊させる妖怪です」
「それより、寝過ごしたとき、誰もが寝坊になるではないか」
「だから、寝坊させる妖怪なのです」
「じゃ、寝坊は何処におる」
「寝過ごした人が寝坊です」
「その人が寝坊かい」
「しばらくは」
「それで、いつから寝坊ではなくなる」
「それはまあ、大体が遅刻と関係しますねえ。寝過ごして会社へ行き、寝坊したとなりますが、これは最後の言い訳で、寝坊など理由にすると駄目でしょ。友達相手なら構わないですが、寝坊することは弛んでいることですからねえ。責任感がないとか、生活態度が乱れているとか、そっちを見られます。だから、遅刻の理由で寝坊は駄目です。そのため、別の理由を考えます。あまりにも寝過ごしすぎて、一寸した遅刻にならない場合、休みます。朝起きたら風邪で熱があって、とか」
「では寝坊は禁じ手か」
「はい、寝過ごしを理由にしますと、お寝坊さんになります」
「お稲荷さんのようなものじゃな」
「そうです。(お)と(さん)が付きます。これはキャラがそのときだけ、妖怪お寝坊さんになるのです。坊やですよ。男も女も、老いも若きも坊やです。子供ですよ。このレベルはかなり下です。一人前の大人じゃない状態として扱われます」
「しかし、誰でも寝坊するじゃろ」
「しますが、それは情けないことです。仕事上のミスじゃないのです。もっと原始的と言いますか」
「それで妖怪はどうなった」
「そこは博士がまとめて下さい」
「しかし、寝坊は寝坊だろ。寝過ごしに気付いた瞬間寝坊になる。すぐに対策を考えるのじゃないのかね」
「対策ですか」
「急げば間に合うかもしれぬと思い、顔を洗わないで家を出て駅まで全速力で走る」
「その範囲で済めばいいのですがね」
「だから、対策を考えるのじゃ」
「そうですねえ。朝寝坊以外の理由を考えますねえ。間に合わないとなると、遅刻の理由を考えます。僕も何パターンか持っています。いつも使うのは熱があるです。これも使いすぎると身体が弱いと思われますから多用出来ません。僕の場合編集者ですから、出勤する前に原稿の催促で寄ってました……も使えます。それも使えない場合は、出勤中のトラブルです。そのあたりは全部嘘なので、苦しいですが、寝坊よりはましです」
「だから、本人が一瞬にして寝坊になり、怪しげな理由を考えるあたりが妖怪っぽいが、そうじゃなく、寝坊という妖怪がおり、それが寝坊をさせたとも考えられる」
「その寝坊は何処にいるのですか」
「知らぬわ」
「ご存じない」
「じゃ、君は何処にいると思う」
「夢の中じゃないですか」
「そうかもしれんのう」
「そうでしょ。寝坊は寝ていることと関係しますよね。だから睡眠と夢とは関係が深い」
「しかし、遅刻の理由として、妖怪寝坊にやられましたとは言えんじゃろ」
「言えません」
「だったら妖怪の仕業に持ち込めん」
「そうですねえ。じゃ、やはり寝過ごした状態が寝坊で、一瞬妖怪寝坊になり、ドタバタするのでしょうねえ」
「だから会社で、朝、しばらくはお寝坊さんと呼ばれる」
「はい、そうです。だからそう呼ばれたくない。だから、寝坊を理由にしたくないのです。隠します。これは」
「私はいくら寝坊しても、あまり関係はないぞ」
「博士は会社へ行ってませんから」
「しかし」
「何でしょう」
「よく眠れるのは有り難い話なのじゃがなあ」
「博士は不眠症ですか」
「そうではないが、余分に寝ると得をしたような気になる」
「あ、はい」
 
   了



2014年1月20日

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