小説 川崎サイト

 

第六感

川崎ゆきお


 妖怪博士はとある飲み会に誘われ、ただ酒を飲み、今、夜の繁華街を歩いている。まだ宵の口で、これからさらに賑わう頃だ。二次会へ流れなかったのは、そこから先は割り勘になるためだ。
 妖怪博士が人混みの中を歩いていると声を掛けられた。その主は幽霊博士で、二人は旧知の間柄。
「まあ、お茶でもどうですかな」妖怪博士が誘う。
「そうしましょう」
 飲み屋街からターミナル駅近くの喫茶店に入る。まだ、こんな店が残っていたのかと思えるほど古びた店だ。場所が良いので、生き残ったのだろう。
「誰かの視線のようなものを感じましてね」妖怪博士がアイスコーヒーにストローを立て、一口吸い終えてから語る。
「ああ、それは僕の視線ですよ。僕にはそういう能力が少しだけあるのです」
「え、何の能力ですかな」
「知っている人が、人混みの中に混ざっていると……」
「ほう」
「誰だろうと思いながら探していると妖怪博士、あなたでした。猫背で深い帽子。もう間違いないと思い、近付きました」
「その最中、私は視線を感じていたわけですな」
「そうかもしれません」
「後頭部に何か電気のようなものが走っておった」
「おお、それは素晴らしいですよ。博士」
「これは誰にでもあることですよ」
「そうですねえ」
「しかし、私がいることを感知した幽霊博士の能力は凄いものがありますなあ。そのときはまだ私を見ていない」
「ああ、それは第六感のようなものですよ」
「霊感とは言わないのですかな。君は幽霊が専門でしょ」
「妖怪博士、あなたは幽霊ですか?」
「違うと思う」
「それほど疑うようなことじゃないのです。博士は生きています。大丈夫ですよ」
「まあな」
「霊感、第六感、ヤマカン。似たようなものです。第六感の上に第七感や八感もあります」
「上位レベルですかな」
「はい」
「で、君はどのレベルなのかな」
「僕は少しだけ感がいいだけで、幽霊が見られるほどの能力はありません。だから、霊能者、霊能師になれないので、研究だけをやっています」
「ああ、そうでしたなあ」
「幽霊を見てしまう能力は天性のものだと思われます。これは第六感第七感あたりの秀でた人でしょう。特に映像化出来る人は」
「では、妖怪なども気配だけじゃなく、視覚的に見られる人もいるわけですかな」
「妖怪は嘘です」
「はいはい」
「しかし、妖怪を浮かび上がらせる能力はあります。まあ、平たく言えば幻覚ですが」
「見えないものが見えると」
「存在しないものも見えます。だから、なんでもありになります」
「うむうむ」
「これは映像エンジンが優れているのでしょう」
「それが頭の中に」
「頭かどうかは分かりません。何でもかんでも脳に当てはめるのはあまりよくありません」
「ほう」
「脳といっても、消化器に出来た瘤ですよ。腸に出来た瘤が脳や心臓です」
「ああ、そうなのですか」
「幽霊を研究していると、色々なものが見えてきます」
「そうですなあ。幽霊が見えるとはどういうことかと考えると、そのシステムが映像エンジンということになるのですかな」
「ですから、第六感や七感は幽霊に特化したものではありませんから、予知や千里眼、透視などでも使えます」
「では、最高の霊能者とは」
「はい、それは動物でしょう」
「火事の前に鼠がいなくなるやつですな」
「そうです」
「それらは身の危険を予知するわけじゃから、生き延びるための本能のようなものですかな」
「そこを攻めていきますと、種の保存などが上がってきます。まあ、保身ですね」
「なるほど」
 妖怪博士は相槌ばかり打っている。特に意見がないのだろう。
「僕は幽霊ばかり研究していたもので、悪いベクトルに入ってました。霊魂に触れると良くないのです。体も心も。それで、少しチェンジしようと考え、幽霊以外のこと、心霊現象以外のことにチャレンジし始めました。それが第六感の上位にある能力についてです。これでかなり幽霊から離れられます」
「円盤は出てきますか」
「UFOは出てきませんが、共通する認識はあるようです」
「そういえば、以前お会いしたときに比べ、顔色も良く、ふっくらとしてきましたねえ」
「はい、心霊現象から離れたので、健康も取り戻せました」
「それはなにより」
「しかし」
「はい」
「第六感以上のレベルを研究していますと、野生動物に戻ってしまいそうなんですねえ」
「じゃ、その先にあるのは神様じゃないのかな」
「そうなんです。天地創造を成したものの存在です」
「じゃ、宇宙ということで、円盤とも繋がるのでは」
「はい、楽しい話です」
「そうですなあ。小学生に戻っていきますなあ」
「幼児は動物に近いですから」
「とどのつまりは案外つまらんこともある」
 その後、二人は小学生のような話に夢中になり、閉店まで盛り上がった。
 そしてターミナルで二人は別れる。乗る路線が違うためだ。
 別れた瞬間、妖怪博士は「ああ、あ」とため息のようなものを漏らした。
 終電間近のプラットホームには妖怪も幽霊も出る気配など微塵もない。遅くまで仕事をやっていた勤め人が結構多く、朝のラッシュと変わらなかった。
 
   了
 


2014年1月29日

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