小説 川崎サイト



枯れ葉

川崎ゆきお



 枯れ葉の舞う季節になっていた。
 小田は自転車で歩道を走っている。桜並木が紅葉し、ちょっとした風でもはらりと落ちる。
 首の皮一枚で繋がっている小田の仕事も、僅かな微動でも切れてしまう。
 それを考えると明日の月曜が嫌になる。いつ言い出されるのかと思うと生きた心地がしない。
 はらりとまた葉が落ちた。風はない。
 その葉は真下ではなく横に飛んでいる。紙飛行機でもそんなにうまくは飛ばない。
 見る見るうちに自転車の前カゴに着陸した。
「虫」かと小田は最初思った。葉の上に何かが乗っているのだ。
「こんにちは」
 葉の上に乗っているものが喋った。
 小田は葉の上をよく見た。
「こんにちは」
 小田は目を疑った。
「何か望みはありませんか?」
 巫女姿の少女がいた。
「私は桜の精です」
 小田はペダルをこぐのをやめた。
「好きな望みとか願いとか、欲しいものを差し上げます」
「一眼レフデジカメが欲しい」
 桜の精からの反応はない。
「将来何になりたいですか? 運気を差し上げますよ」
「将来?」
「どんな将来がご希望ですか?」
「若い頃想定していたその将来の年になってしまったよ。これから先はもう将来と言えるような展開はない」
「でもまだ明日がありますよ」
「明日も将来の内か……」
「そうですよ。何がお望みですか?」
 小田は思いつかない。将来の夢などもう考えてはいなかったのだ。
「お嬢さんは何者なんだ」
「桜の精です」
「言えば叶えてくれるのか」
「はい」
 小田は考え出した。
「もう、行かなくてはなりません。早くおっしゃってくださいな」
「君をペットにしたい」
「えっ!」
「駄目か」
「はい」
「じゃあ、もう特に欲しいものはない」
 葉が浮かび上がった。
「もう行かなくては……」
「行っていいよ」
 葉は小田の頭の上に舞い上がっていった。
 
   了
 
 




          2006年11月26日
 

 

 

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