内なるバトル
川崎ゆきお
世の中では様々なことが起こっているが、個人の中でも色々なことが起きている。
下田は自分のことで忙しいタイプだ。社会、世間のことより、自分のことで一杯一杯だ。
そのため、ニュースなどで流れる世間のことには無関心ではないものの、そこまで頭も手も回らない。しかし自分だけのことでも、世間と繋がっている。電気代を払わなければ電気が止まる。止まると困る。下田自身が困る。だから、電気代は口座落としで払っている。ただ、残高がなくなれば、落ちなくなり、代わりに電気が落ちる。
残高を維持するためには、預金を維持しないといけない。そのため、働いている。電気だけではなく、色々なものが止まると困るからだ。
困ったことにならないために、下田は最低限のことはやっていることになる。
自分さえ困らなければ、それで満足なのだが、なかなかこの満足感は維持出来ない。世間からの要求だけではなく、内からの要求も多い。その内なる要求を満たすだけでも一杯一杯なのだ。
「それで、何がどうなってるの」古くからの友人が訊く。
「知ってるくせに」
「知らないよ。下田君の微妙なところはね」
「尾籠と聞こえるけど」
「ああ、それに近い欲求じゃないのかい」
「次のパソコンを買おうかと思っているんだけど、タブレットでもいいかなあと思い出したんだ。その結論がまだ出ない」
「その検討で忙しいわけ」
「ああ、暇なときや、時間が空いたとき、いや、それだけじゃない、仕事中でもそれを考えてる」
「どちらでもいいんじゃない。タブレットの方が軽いし、安いし」
「それも考えた。どちらでもいいと」
「じゃ、買えば」
「だから、どちらを買うの」
「どちらでもいいんだから、どちらを買ってもいいんだよ」
「それが問題なんだ。どちらかを選ぶと、片方が急にまた浮かび上がる。うるさくね。それを止めるため、そいつを選ぶと、そのときは静かになるが、しばらくすると選ばなかったものが騒ぎ出す。だから決まらない。タブレットを選んでも7インチか10インチかの決着が付かない」
「それで忙しいわけ」
「ああ、頭の中はそれで一杯一杯だ」
「そんなことよりもっと大事なことで頭を使えよ」
「たとえば」
「うーん、そうだねえ。今度の選挙なんかがいいかな。その論点で二つに分かれる。賛成か反対かでね。これは誰を選ぶかで世の中が変わったりする」
「変わらないよ」
「それを言っちゃおしまいだ。言いっこなし。いいね」
「そういう話は遠いなあ」
「まあ、興味がないのなら仕方がない」
「パソコンにするか、タブレットにするかの方が重要案件なんだ」
「はいはい」
「それはいつまで続くわけ」
「ああ、まだパソコンは動いているから、それが壊れるまでかな。そこまで来ると実行しないといけない。選択しないといけない」
「仕事でワードやエクセルを使っているだろ」
「それなんだ、問題は。しかし、家に持ち帰って仕事をする必要が何処にある」
「タブレットにすれば、しなくてよくなるかい」
「そう思う」
「タブレットでも扱えるよ」
「うーん」
「しかし、細かい設定なんかはしんどいけど」
「それなんだ」
「じゃ、どうせ持ち帰って仕事になるんだったら、使いやすいパソコンにすればいいんだよ」
「エクセルワードの新バージョン付きは高いんだ」
「それで、堂々巡りをしているんだね」
「うん」
「平和だね」
「ああ、毎日バトルだよ」
「はいはい」
了
2014年1月30日