小説 川崎サイト

 

お座り様

川崎ゆきお


 一人暮らしの老人平田氏は妙な体験をした。
 後で考えると、そのきっかけとなったのはカギだ。見知らぬカギがポケットに入っており……とかではなく、玄関のカギだ。くるっと回すと内側から錠が掛かる。外に出るときは、カギで施錠し、カギを持ち歩く。帰って来るとそのカギで開け、中から取っ手をくるっと回してカギを掛ける。
 それを忘れることがある。きっかけはそれではないかと平田氏は思っている。それが起こるのは。
 夜中眠っているとき、目が覚める。最初は体調が悪いのではないかと思ったのだが、昼間は元気だ。夜になって悪い箇所がむっくりと起き上がり、眠れなくなるのかもしれない。
 年を取ってから朝までぐっすり眠れなくなっている。最低一度は目が覚め、用を足しにいく。これは納得出来るが、尿意のない状態で目が覚めることがある。殆どはそのまま寝てしまえる。一時間ほど眠れないこともあったが、それは病んでいるときだ。
 平田氏が考えるに、これは体調の問題ではない。来ていたのだ。
 最初それを見たのは、尿意もなく目が覚めたときだ。寝室は暗闇ではない。外からの明かりがある。目が覚めた瞬間はよく見えないが、そのうち目が慣れる。
「座っているのですかな」
「はい、枕元ではなく、布団の横にです」
「あなたが?」
「いえ、何かがです」
「じゃ、あなたが夜中に起きて、布団の横でじっと座っておられるのではないのですね」
「はい、何物かです」
「知っている人ですか」
「それがよく分かりません」
「どんな服装ですかな」
「和服の人もいますし、洋服の人もいますが、今風じゃありません。暗いのでよく覚えていませんが」
「年齢は」
「年寄りもいますが、子供もいます」
「お爺さんも、お婆さんもいると」
「はい、若い人もいますが、何処か古びた感じで」
「それが、誰だか分からないのですね」
「はい、特定出来ません」
「一人ですか? あなたの布団の横で座っているのは」
「多いときは四人です」
「ほう、多いですなあ」
「どんな座り方ですかな」
「正座だと思います」
「座って何をしているのですかな、その人々は?」
「じっとしています」
「何処を見ています?」
「目を閉じています。全員」
「フライングのようにも思われるますが」
「え、何の」
「臨終前」
「じゃ、死神」
「それなら足元でしょ。横に座っておるのなら、家族。看取り人」
「いや、よくあるんです。毎晩じゃないですが」
「では、違うか」
「毎晩、来ているのかもしれませんが、寝ているときは分かりません」
「夜中目を覚ましたときだけに見られるわけですな」
「はい、きっと、その人達が来ているから目覚めるのだと思います」
「起こされるのですか」
「いえ、それらの人達は何もしていません。じっと座っているだけなので」
「気配を感じて起きたような感じですね」
「きっとそうだと思います」
 平田氏は施錠のことを言った。
「カギを掛け忘れたときに限り、出るわけですな」
「そうです」
「うむ」
「何でしょう。その座っている人達は」
「お座りさんです」
「はあ」平田氏は目を丸くした。
「お座りさん?」
「お座り様とも呼ばれています」
「何ですか、それは」
「妖怪です」
「はあ」
「最近カギを掛けない家など減りましたからねえ。平田さんのように住宅街に住んでおられる場合はなおさらですよ。物騒ですからねえ」
「では、カギを掛ければ出ないと」
「まあ、そう言うことですよ」
「そんなことでいいのですか」
「何が」
「だから、それがお座りさんの仕業ということで」
「はい」
「問題はないのですか」
「座っておるだけなのでね」
「何をしに来るのですか、そのお座りさんは」
「座りに来るのです」
「そ、それは分かりますが、いや、分かりません。縁者でも親戚でも友人知人でもないのに、どうして他人の家の寝床へ座りに来るのですか。目的は」
「さあ、妖怪のやることなど、私達には分かりませんよ」
「空き巣のようなものじゃないですか」
「まあ、昔は説教強盗などもいましたからねえ。あまりにも盗る物がないので、その貧乏さ加減を説教するとかね」
「しかし、目を覚ますと、何人かがじっと座っているのですよ。しかも正座です」
「まあ、礼儀正しい人達なのでしょう。何もしないと思いますから、座らせておきなさい。そのうち消えますよ」
「それを見たとき、あまり驚かなかったのです。誰かが座っているなあと思う程度で。起きているのか夢なのか曖昧なためかもしれません」
「はい平田さん。あなたの解説通りです。蚊に刺されているときは痛くない。気付かれないように、部分麻酔のような液体が出るのでしょうなあ。寝ぼけているのかもしれない。またはこれは夢かもしれないと、その状態に持ち込むのがお座りさんの特徴です。だから怖くなかったでしょ」
「はい」
「それはどうすれば出なくすることが出来ます」
「迷惑ですかな」
「やはり、思い出したとき、妙なので」
「じゃ、カギを掛けて寝ることですなあ」
「簡単ですねえ」
「はい」
「有り難うございました」
 平田氏は妖怪博士に礼を言った。
 
   了



2014年2月1日

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