小説 川崎サイト

 

小夜話

川崎ゆきお


「さよ?」
「人の名です」
「小夜さんかな」
「はい、おかっぱ頭で着物の少女です」
 妖怪博士は部屋を見回す。八畳敷き二間をぶち抜いた座敷だ。意外と家具は少ない。通夜や法事、祝言の披露宴にも使われるのだろう。
「何をお探しで」
「人形はありませんかな。市松さんとか」
「ああ、蔵にあるかもしれませんが」
「見られたことはありますかな」
「さあ、子供の頃、蔵の整理を手伝わされたことがあったとき、人形の入っている箱がありましたが、大箱に詰め込んだような記憶が」
 依頼人の沢木氏はまだ中年だ。
「小夜さんは何歳ぐらいですか」
「子供にしてはもう大きいが、大人じゃない。まあ、背丈が小さな大人かもしれませんが」
「何故、小夜さんなのですか」
「はあ?」
「ですから、名前ですよ」
「ああ、それを見たとき、小夜だと思いました」
「誰ですか、小夜さんとは」
「知りません」
「じゃ、名が先に出たのですな」
「小夜だと思いました」
「しかし、小夜という女性は知らないのでしょ」
「知りません」
「その小夜さんが出るのですな」
「はい、出ます」
 それで、妖怪博士は依頼されたのだが、沢木氏の真意が分からない。単純に考えれば、怪しい少女が屋敷内をウロウロしているので、それを解決してくれということになるのだが、そんなことは先ずあり得ないだろう。しかし、完全に否定することは出来ない。
「蔵を見せてもらえますかな」
「はい」
 妖怪博士は蔵の奥に詰め込まれてある大きな木箱を次々に引っ張り出し、中を見た。
「きりがありませんなあ」
「僕の記憶では、こんな感じの箱に人形の箱を入れたはずなのですが、記憶違いかもしれません。まだ小学生低学年の頃ですから」
「その後、その市松人形を見ましたか」
「いいえ」
 妖怪博士は腰が痛くなってきたので、三箱目で休憩した。
「先生は小夜が市松人形の化身だと思われるのですか」
「他に小夜さんと関係するようなものはありませんか」
 妖怪博士は、沢木氏が訳なく小夜と名付けているのが気になる。人形の一つや二つ、古い屋敷にはあるだろう。市松人形が出てきても珍しいことではない。
「まだ、何か思い出せませんかな」
「小夜ですか」
「そうです。何故あなたが小夜だと分かったのかです」
「小夜だと思いましたから」
「何か封印しているような記憶はありませんか。または忘れているとか」
「はい」
「小夜という名を他で聞いたり知ったりした記憶があるでしょ」
 妖怪博士は市松人形探しが嫌なのか、蔵を出て、座敷に戻った。
「小夜、小夜」
 沢木氏は、小夜を探している。記憶の中から。
「女性の名前として小夜はたまに出て来るでしょ。映画やドラマ、小説やアニメの中にキャラクタとして。そちら方面での記憶はありませんか。あなたは小夜という言葉と言いますか名前ですが、これは知っておられる。名前だけはね」
「小さい夜と書いて小夜です」
「漢字まで分かっているのですな」
「はい」
「その場合の小夜は、夜という意味ですなあ」
「はあ」
「夜に、さを付けただけです」
「そんな意味ではなく、女性の名前です。小さな夜と漢字で書く」
「はい、だから、それを何処で知りました」
「ああ、小夜子という女性がいましたが小夜という人は知りません」
「小夜子さんですか」
「はい」
「どなたです」
「小学生の頃のクラスメイトです」
「小さい夜の子ですなあ」
「小夜というのは、女優さんでいたかもしれません」
「それで、本題なのですが、その小夜さんが屋敷内をウロウロしているということですが、家族の方はご存じですか」
「いえ、見えるのは僕だけです」
 妖怪博士は、この依頼主に問題があることは、最初から分かっていた。そのため、蔵から市松人形を探し出しても無駄なのだ。
「おかっぱ頭で、着物を着た少し古い時代の少女が屋敷内に出没する。これはどういう意味でしょうねえ」
「バケモノだと思います」
「妖怪の類いと」
「はい。だから先生をお呼びしました」
「家族の方々は、このことを知ってますかな」
「はい、今日、先生がお越しになることも」
「困りましたなあ」
「小夜とは何でしょう。あの少女は何でしょう」
「お困りですか」
「いえ」
「いえ、とは」
「困るほどではないが」
「そんな少女が屋敷内にいてもいいと」
「そうとまでは言いませんが」
「はい」
 妖怪博士は扇子のような物を取りだした。しかし開かない。すっと中程のつまみを押すと紙の束が出て来た。携帯お祓い道具だ。
「一応やってみますね」
「お願いします」
 妖怪博士はそれを持ち、屋敷内をくまなく祓った。下手に当てるとチリハライのようになり、埃が出るので、そっと。
「最善を尽くしました」
「蔵の人形はどうします」
「蔵そのものも祓いましたので、一応処理済みということで」
「はい」
「これでよろしいですかな」
「有り難うございました」
「いえいえ、お大事に」
 
「妖怪博士、それは一体何だったのですか」
 いつも来る妖怪博士付きの編集者が小夜話について聞く。
「何故小夜さんなのかが分からんがな。これであの依頼人、安心して小夜さんを出現せられよう」
「何ですか、小夜って」
「おかっぱ頭で子供でもなければ大人でもない女性」
「アニマですね」
「さあ」
 
   了

 



2014年2月7日

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