小説 川崎サイト

 

ゴースト

川崎ゆきお


 越塚は最近普通のことと異変との区別が付きにくくなった。これは日々の中での変化が少ないためだろう。
 つまり普通の変化は異変ではない。普通ではない変化が異変だ。想像だにしていない変化でも、可能性としてあり得ることなら、異変ではない。
「異なった変化という意味ですか」
「そうです。そういう変化をしないような変化です」
 知人の武田は自分の体験からその種のことを思い出そうとした。これも線引きが難しい」
 そこで、適当にこたえてみた「後で考えると、異変も、まあ、変化のうちだったと思うこともありますよ」と。
「そうだね。そのときは異変でも、起こるべきして起こっていることがある」
「はい、そうだと思います」
「だが」
「はい」
「幽霊を見たなどは違うでしょ」
「そうですね。あり得ること、起こりうることじゃないですから」
「しかし、想像の上ではありますよね」
 越塚はそちらのほうへ話を持っていきたいようだ。
「幽霊を見られたのですか」
「幽霊が出るかもしれないというのは、変化の中の一つです。予測出来ます」
「はい、幽霊談をよく聞きますからねえ。本当かどうかは分かりませんが、話の上ではいくらでも出倒しています」
「出倒すねえ」
「はい」
「じゃ、幽霊は異変ではない……と」
「実際に出れば異変でしょうねえ」
「なるほど」
「変化ではなく、ヘンゲですよ。妖怪ヘンゲの変化です」
「姿が変わると、やはり大きな変化ですねえ」
「ところで越塚さん。あなた幽霊を見られたのですか」
「見たとも、見なかったとも、よく分かりません」
「似たような体験をされたのですね」
「心霊現象ではありません。幽霊会社のようなものですよ。実体がなかった話です」
「ああ、なるほど」
「最近その種の話が多くてねえ。あると思っていたものがない。これも変化ですが、変化後は消えて、無い。かき消えている」
「じゃ、幽霊談ではないのですね」
「そうです。ところが……」
「はい」
「幽霊会社でなくても、身の回りにも実体がないものが結構ある。それに気付いたとき、これは変化ではなく、異変に近いものを感じるのです」
「消えるのですから、別の形になるわけじゃないのですね」
「そうです。有が無になっています」
「一寸抽象的になりますが、希望が消えた。などもその例になりますか」
「大いになります」
「では、何かなくされたのですか」
「ですから、最初から無かったのでしょうなあ。最近ポロポロとその種のものが消えていきます」
「何をおっしゃりたいのかが何となく分かります」
「そうですか、それは有り難い」
「要は、幻想だったと言うことですね」
「はいはい。そういう単純なことです。それが最近多くなりました」
「実体があると思っているのに実は幽霊だった」
「その幽霊は何もないわけですから、幽霊でさえないのです」
「はい」
「分かります?」
「存在しないはずのものが写っているとき、写真ではゴーストと呼んでます」
「それは存在しないのに写っているのですかな。心霊写真のように」
「光の作用で、レンズ鏡胴内で乱反射するのでしょうねえ。光源などにカメラを向けて写すと」
「ああ、見たことがあります」
「この場合、消えるのではなく、出ることになります」
「しかし、存在しないものが写っているのですから、実際にはないのでしょ」
「はいありません」
「じゃ、消えたと思うのは、最初から無いものを見ていたからでしょうねえ」
「はい、越塚さんのおっしゃる通りです」
「その写真のゴーストは、最初から無いことが分かっているので、罪は軽いですねえ」
「はい、だから、安心して見てられますよ。ないのですから。あるとは思わないのでね」
「私も、そういう錯覚を自分でやることが多かったのです」
「最近は減ったと」
「はい、逆に面白くなくなりましたがね」
「いい意味での錯覚は必要だと言いますからね」
「そうですなあ」
 
   了
 





2014年2月11日

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