小説 川崎サイト

 

師匠のたち

川崎ゆきお


 師匠とその弟子との対話だが、この師匠、それほど賢者ではない。だから、その話も適当で、聞いてる側も賢くならない。弟子はそれで非常に気楽に、この師匠から話を引っ張り出すことが出来るのだが、聞いたからといってあまり役に立たない。
「たちじゃろうなあ」
「たちですか、師匠」
「ああ、たちの悪い奴とか、たちの悪い性格とか言うだろ」
「言いますねえ。それが何か」
「今日は人間について考えみる」
「はい、よろしくお願いします」
 弟子が問いかける前に、師匠の方から問題定義するので、弟子もやりやすい。聞いた限り、聞かなければいけないが、言いだしたのが師匠なので、聞いてやる程度ですむ。どうせ聞いても聞かなくても似たような話なので、聞き賃が欲しいほどだ。
「たちの悪い人間はどこまでいっても悪い。これは修行では治らん。徳をいくら積んでも悪徳となる」
「悪徳ですか」
「ああ、だから、あくどい奴、というじゃろ」
「そうなんですか。始めて聞きました」
「徳を積まなくても悪徳者にはなれる」
「徳が少しもないから悪徳になるのですね」
「知恵のない欲張りなどは素直なもので始末がいい」
「はい。それと、たちとはどう関係しますか、師匠」
「たちは変えられん。最初からたちの悪い奴は、いくら徳を積んでも悪徳者にしかなれん」
「そんな、師匠、それでは修行の意味がありません」
「だから、修行しても、根が悪ければ、悪い方にしか育たん」
「それはきつい話ですねえ」
「まあ、聞け、それは言っておるだけのことでな」
「現実はそうでないと」
「ただなあ、わしの幼友達で悪い奴がおってなあ。それが聖人になりよった」
「ああ、そういう話、よく聞きますよ。反対側に出るのでしょ」
「それは通説でな。わしは、その幼友達を信用しとらん。コイツは昔からたちの悪い奴でなあ、だから、聖人になっておっても、信じられん。コイツは嘘をついておるとしかみん」
「そんな了見の狭い」
 師匠はその聖人の名を明かす。
「それは超一流の聖人様ですよ。それに大賢者様です」
「わしの幼友達じゃ」
「え、そうだったんですねえ。師匠のこと、それで見直しました」
「何故じゃ」
「だって、大聖者様とお知り合いだったのですから」
「しかし、違う」
「何が」
「あいつは嘘じゃ」
「嘘じゃないですよ。誰もが認める徳の高い人です。高徳者です」
「わしは、幼き頃、あいつに色々と意地悪をされた。人格のかけらもない男よ」
「だからこそ、その反動で、徳を得たのではないのですか」
「いや、そうじゃない。徳者は最初から徳者でな。そういうたちの持ち主なのじゃよ」
「また、たちですか」
「そうじゃ」
「それは納得出来ませんよ。師匠の偏見です」
「いや違う。わしには見える。あの聖人の裏をな。誤魔化されはせん。わしは知っておるのだからな」
「今日は、あの大聖人様の悪口を言う日ですか、師匠」
「今は、隙を見せんが、そのうちボロを出す」
「失礼な話ですよ」
 その大聖人と、この師匠のランクは五つほど違う。凄い差が出てしまった。
「それは師匠の妬みですよ」
「わしを諭す気か、君は」
「そうじゃありませんが」
「まあ、いい、反論を許そう」
「はい、お願いします。そこが師匠のいいところです」
「わしの自説じゃ、たちは変わらぬと、いつか証明されるであろう」
 弟子は、この師匠と大聖人とが対面する日を楽しみにしている。そのことを師匠に言った。
 師匠は、そのときは、その大聖人様は脂汗をかくだろうと豪語した。しかし、豪快な言い方ではなく、何となく心細げに。
 それが、この師匠のたちだろうと、弟子は思った。
 
   了





2014年2月12日

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