小説 川崎サイト

 

歩き石

川崎ゆきお



 何もないような場所でも、その昔、人が住んでいたことがある。今は雑木林のようになっているが、年々それも伐採され、駐輪場になったり、マンションが建ったりしている。何もないような土地ではなく、何もしていなかったので、草木が伸びたのだろう。まるで原生林のように。
 そして、それも均され、市街地の中に溶け込んでしまった。しかし、その痕跡が少しだけ残っている。マンション前の庭のような、余地のような場所があり、そこに石が立っている。敢えてそこだけを避けたのだろうか。均して盛り土を入れるようなこともなかったようだ。というより、少しだけそこは高くなっており、天然の庭のように見えるため、残したのだろう。
 この石が立っている場所は丘ではない。また誰かが盛り上げたものでもなさそうだ。一種の断層だろう。地中の木の根が、少し出ているような感じだ。一から盛るより、残しておいた方が使えると考えたようだ。そんな感じで、古木が残っていることもある。この場合も邪魔にならない位置に、偶然立っていることが条件だろうか。
 高橋は石を見ている。立っている石だ。どう見ても人工の石で、削らなければ四角い棒のようにはならない。土中から出ているのは三十センチほど。一辺二十センチほどある。柱のようにも見える。土中にどの程度埋まっているのかは分からないが、ピサの斜塔のように傾いている。
 高橋はそれを押すが、びくともしない。これを石柱としてみるべきだとは思うものの、何も刻まれていない。何のためにここにあるのかが分からない。
 この種の謎が好きな高橋は調べることにした。
 先ずはこの土地だ。マンションが出来るまでは雑木林で、その周辺は田畑だ。田畑になったのは室町時代からで、それまでは雑木林が拡がっていたのだろう。さらにその前になると分からない。意外と太古の人間が住んでいたかもしれない。記録がないので、分からないだけで。
 高橋は縄文や弥生の頃の住居跡が近くにないかと探した。かなり離れた場所に弥生時代の遺跡がある。だから、この石柱のある場所にも、古代人の住処が埋まっているかもしれない。
 しかし、それは範囲の拡げすぎだと高橋は思い直した。その石柱はそれほど古いものではなく、また、そんなにすっぱりと石を削る技術は、もっと新しい時代だろう。石器や弥生の時代では、少し無理があるし、また、見えるような場所に残っているとは思えない。その後、川が氾濫したり、地震などで、地形も変わっているはずだ。
 三日ほど、その町で高橋は聞き込みを続けた。そして、その結果はすぐに分かった。解だ。
 それによると、雑木林の近くに旧道が走っており、そこで石を落としたらしい。その先に神社がある。そこで使う石だったようだ。神社の境内を長い石を立てて囲んでいるのはよく見かける。玉垣だ。その石には寄進者の名や金額まで刻まれていたりする。
 その無記名の石を運んでいるとき、落としたのだろう。それに気付かないまま、通り過ぎた。そして街道に石が残った。邪魔なので、村人が脇に運んだ。結構重いので、一人では無理だろう。それが徐々に移動して、雑木林の中に捨てられた。そして、誰かが寝ている石を起こして、立てた。まるで墓石のように。
 それが解だった。
「落としたのかあ」
 高橋は、この解に不満があるものの、街道をゆく荷駄と、落ちる石、そして時間をかけて移動されていく。まるで石が歩いているように。その姿を思い浮かべるだけで、それなりに満足を得た。
 その石は、そんなことなど知らぬげに、マンションの入り口付近の植え込みに、ぽつんと立っている。
 
   了




2014年2月14日

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