小説 川崎サイト

 

内周外周

川崎ゆきお



 日常というのは自分の内周の中にいる。そこは安定しており、居心地がいい。その限りにおいて、この内周からは出たくないだろう。求めるものが、既にそこにあるのなら。
「内周ですか」
「はい、始発駅と終点が同じ路線のようなものですよ。それら内周の駅から外側に向かう路線もありますがね、まあ、滅多に乗らなかったりする。用事があれば別ですが」
「内周というのは内風呂のようなものですか」
「そうですなあ、我が家に檜の湯船があるのなら、銭湯には行きませんよ。まあ最近風呂のない家の方が珍しかったりしますから、外湯というのは少ないです。温泉なら別ですがね」
「私も最近内周暮らしですよ。外周に出たいとは思うのですがね。出たら出たなりに楽しいのですが、近場でも似たようなものがありますから」
「でも距離感が違うでしょ。遠くまで来たなあと言う感慨が加わる。これがそもそも違うのですよ。だから、つまらん場所でも、遠いだけで十分楽しめますよ。なぜなら、もう二度と来ることがないかもしれませんからねえ。内周の近場ですと、明日また行けるでしょ」
「そうですねえ、ところで木村さん、あなたは外周へ最近飛び出しましたか?」
「はい、私は内周より外周の方が得意です。だから、逆にご近所のことは知りませんし、私の住む町のこともよく知りません。馴染みもないのです。それより、少し離れた町を梯子して過ごしていますよ。向こう三軒両隣、ここから離れると、もう余所者に近いですよ。最近の町はね」
「まさか、内周とは、隣近所だけの範囲では」
「そうじゃありません。比較的近い場所と、遠い場所の違い程度です」
「それじゃ木村さんは、内周が好きではないと」
「はい、好みではありません。逆にくつろげませんし、安心も出来ません。それに私は帰属意識というのが嫌でしてねえ。べったりとそこで暮らしているのが何となく嫌なんです。地元の人間ぽいのも嫌です」
「それはどうしてですか」
「まあ、あまりいい目に遭わないからでしょうなあ。村八分じゃないですがね。敵が多いとか、嫌われ者だとかでもありませんが」
「じゃ、外周の方がくつろげるのですか」
 二人はバス停にいる。
「このバスに乗れば、すぐに外周に出られます。電車に乗り換えれば、さらに遠くへね。だから、私が歩いている町内は家からバス停までの数十メートルぐらいですよ」
「じゃ、ご近所といっても、橋を渡るようなものですね」
「狭く短くですねえ。地元のことを知っているのは」
「それは、また風変わりだ」
「あなただって若い頃はそうでしょ。大きな町へ出ていたのではありませんか」
「そうですねえ、子供の頃は別にして、こんな狭苦しい町は嫌だと思ってました。だから、都心部に出ていましたよ。町内のことより、そっちの方が詳しかったほどです。しかし、今は地元暮らしの方が気楽で良いです」
「私は、まだまだ駄目ですなあ。最近の外周は都心部じゃなく、この町に近い町に出掛けています。まあ、こことそれほど変わらないのですがね。それでもその距離感がいいんです。その外周の町では私は余所者で、通行人です。この身分がいいのです」
「身分ですか」
「はい、外様です」
「ああ、外様大名のような」
「そうです。外周の町は、ここと変わらないとはいえ、さらにその向こうまで足を伸ばすことがあります。さすがに山の中に入り込むと、これはもう冒険ですがね。しかし、そこに埋まっているような村に出たときは感動しますよ。また来てもいいかなあ、と思います。次はいつになるかはしれませんがね。私だけが見付けた私の秘密の村って感じでね」
「それで、今日はどちらまで」
「まだ決めていませんが、とりあえず外周に出るこのバスで」
 バスがやってきた。二人は乗った。
「あなたは終点の駅前に用事ですかな」
「そうです。銀行なんかに寄ります」
「私は、その駅から適当なところへ向かいます」
 二人の乗ったバスは駅前へと向かった。
 
   了





2014年2月15日

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