物語の物語
川崎ゆきお
「あなたはどんな物語を持っていますか」
「はあっ」
「物語を持っているでしょう」
「何の物語ですか」
「あなたの物語です」
「それを話すのですか」
「はい」
「それは長いですよ。生まれたときから、いやその前の両親のこととか、生まれた場所の説明とか。それに干支の話も入ります」
「それもいいのですが、今、あなたはどういう物語の渦中にいますか」
「渦中、今ですか。今はこうして面接を受けています。あ、分かりました面接の話をすればいいのですか。面接というより就活物語を」
「はい、近付いて来ましたが、それ以前に持っているあなたの物語です」
「ですから、干支が両親と同じなんです。犬です。これって、物語として面白いと思いますよ。母も犬、父も犬。しかし、母方父方の親は違いますが」
「あなたはどういう仕事がしたいのですか」
「ああ、ここは一般事務職でしょ。だから、それを……」
「あなたの物語の中に、事務職はどんな感じですか」
「感じですか」
「エピソードがあればおっしゃって下さい」
「さあ、事務でしょ。まあ、どう言いますか、どう言えばいいか、少し……」
「イメージや、エピソードはないのですか」
「ああ、地味な仕事で、ずっとデスクワークをやっているような。こう、腕に筒のようなものを填めているイメージです」
「えらく古いイメージですねえ。それらがあなたの物語の中での世界ですね」
「事務職はやったことがありませんから、まだその物語……というほどのものじゃありません」
「物語を持って下さい」
「あ、はい」
「持つというより、既にあるはずです。それを探して下さい。どうしてもなければ、作って下さい。再構築して下さい」
「あのう」
「何ですか」
「これは面接ですよね」
「そうです」
「はい、了解しました」
「会社は物語なのです。その中での面接は、その物語の中のエピソードです」
「ああ、はい」
「それとは別にあなた自身のローカルな物語があります。それらの個々が、我が社の物語を編み出すのです。それは一つの大きな物語ですが、これは大きすぎます」
「ああ、はい」
「物語を持たない人材は駄目です」
「あのう、私は駄目なようなので、それを遠回しに言っておられるのですか」
「まだ、この面接の物語は終わっていません。起承転結の、転に入ろうとしている最中です。もう少しです」
「あのう、結局私は採用されないのでしょ」
「そんなことは語っていません。物語は最後まで分かりません。今、我が社の物語と、あなたの物語とをすりあわせている最中です」
「そうなんですが、でも、何か駄目なような気がします。あ、面接に来て、結果を言うのはなんですが」
「あなたという人が来られた。これは物語です。それで結果はどうなるかが重要ではなく、この物語を書き留めることが大事です。そして社内で共有していきます」
「何か、採用されないように思うのですが、その場合、これ以上の面接は無駄だと思いますが」
「あなたは御自身の物語をお持ちでない。だから、白紙から作っていくことも可能だということです。我が社と一緒に物語を作っていくことも可能です」
「ああ、話の上ではそうでしょうが、実際は……」
「まあ、いいでしょう。このへんにしておきます。面接は」
「はい、失礼します」
なんだかんだと語りが多かったが、結局不採用だった。了
2014年2月19日