食べて寝る人
川崎ゆきお
まだ現役のデザイナーのオフィスへ下村が訪ねた。同じデザイン系大学の同期生だ。
下村は殆ど芽が出ず、地味な仕事を続けていたが、それも途切れ、今は、この田所から仕事を貰って、何とか生計を立てていた。
「昼時だね。ご飯でも食べに出ようか」と田所。
「そうだね」と、下村は返事したものの、お金がない。
下村が連れて行かれたのは西洋風なインテリで凝り固まったようなレストランで、下村にとり富士山より敷居が高い。
「今日の日替わりランチでいいよ」座る前に田所が注文する。
「はい、かしこまりました」
「ここはすいているんだ。だから、たまに来る。昼時、この界隈ですぐに座れるのは、ここだけだよ。あと料亭があるけど、和食は一寸ねえ」
「そうなんだ」
「羽振りよさそうにしてるけど、仕事は減ったよ。しかし、前よりも忙しい。えーと、仕事だったっけ、今日来たのは」
「ああ、また頼もうと思って」
「この前紹介したやつは」
「三ヶ月で企画が終わったので、切れた」
「そうか、新人だけど、イラストレーターがいるんだ。今、その人忙しいんだ。その手伝いで、どうかな」
「ああ、その人のところへ通いでかい」
「いや、持ち帰っていい。小物を画くのが苦手らしいんだ。キャラは上手いけどねえ。風景や建物なんかの背景も嫌らしい。まだ、新人だからね、キャラだけ画くって訳にはいかないらしい。助っ人が必要なんだ。まあ、家で画いてもいけると思うよ。写真のトレースでいいんだ。ネットはあったよね」
「ああ、ある」
「じゃ、そこで打ち合わせも出来るし、絵も送れるから」
「ああ、分かった。有り難う」
出てきたランチを下田は見ている。
田所はさっさと食べ始めている。
「あ、おごるよ。気にしないで」
「ああ、ありがとう」
下村はフォークで肉片のようなものを突き刺し、口に入れる。
「これは牛肉をどうかしたものだろうか」
「え」
「だから、この塊、肉だけど、何かで包んでいるし、結構ソースで煮込んでいる。だから、何の肉か分からないけど、匂いで分かる。これは鳥じゃなく、豚でもなく、だから牛か羊だ」
「え、そうなの。メニューを見れば分かると思うけど、これ、日替わりだからねえ。聞けば分かるよ」
「いや、表のサンプルで、見たから大体分かる。しかし、肉としか書いていなかった」
「あ、そう」
「だから、何の肉でも構わないのに、これは牛肉の可能性が高い。豚肉や鶏肉でないことは確かだ」
「詳しいねえ」
「そうじゃなく、自炊しているから、気になるんだ」
「あ、作ってるの、自分で」
「うん、それでね。一日中食べることとばかり考えている。今日は何を作って食べようかとね」
「あ、そう」
「味付けも楽しみたい。だから、結構冒険もする。まあ、自分で食べるものだから、失敗しても構わない」
「君は料理が趣味だったか」
「違う。食べるものなんて、何でもいいんだけど、食べるのが好きなんだよ。あと寐ることかな。だから、食べて寐て、食べて寐てが生活のメインになっている」
「仕事は」
「やってるけど、まあ、それは付録だよ。食べて寐るためにやっているようなものかな」
「僕なんか、忙しくて、食べるものなんて、適当だよ。腹が空くからな、何か食べておかないと思うだけでね。睡眠は大事なことは分かっているけど、徹夜が多くてねえ。もう年なので、限界だよ。ゆっくり眠りたいよ」
「デザインの仕事、まだまだあるの」
「最近は減ったけどね、ディレクター的なことが多いなあ。細かいことはスタッフや他の人がやるんだけど、やはり自分でも手を加えないとね」
「見たよ」
「え、何を」
「審査員もやっているんだろ」
「ああ、何カ所かでね。おっと、時間だ。午後からまた打ち合わせがあるんだ」
「ちょっと待ってよ」
下村は急いで、ランチを平らげた。本来なら、こんな珍しいもの、凝ったものはじっくりと賞味したかったのだが。了
2014年2月20日