小説 川崎サイト

 

町とサツマイモ

川崎ゆきお



 ビルの屋上で二人の勤め人が昼を食べている。本来は上がれないのだが、社屋ビルのため、管理が曖昧だ。ドアのカギは警備員が持っているが、スペアキーもある。上田という重役がそれで屋上に出て、サツマイモを食べていた。もう一人は平社員で若い、こちらは弁当だ。
 若い社員は別ルートから上がってきていた。非常階段が外にあり、カギは掛かっているが、乗り越えられるのだ。
「町についてどう思う」
 上田がいきなり問う。
 若い社員は屋上に出てみると、重役がいたため、どうしようかと迷った。給水室の後ろに隠れようとしたが、そこまで行く過程で見つかる。ここは挨拶した方がいい。そう判断した。
 上田は新聞紙に包んで持ってきたサツマイモを食べている最中だった。若い社員を見付けて、こちらに来るように手招きした。そこは屋上の端で、下界が見える。といっても社屋は高層ビルではないので、限られているが。
「町についてどう思う」
 再び上田が質問する。
「町ですか、考えたことはありません」
「この町をどう思う」
「馴染んだ町です」
「それだけか」
「行きつけの場所が結構あります」
「それで」
「日常化しています」
「うん、いいねえ、それで……」
「会社がここにあるので、来ているのですが」
「退社すると、もう来ないと」
「郊外に住んでいますが、部屋を借りているだけなので、ずっと住み続けるかどうかは曖昧です」
「転勤もあるしねえ」
「はい」
「じゃ、今、住んでいる町はどう思う」
「引っ越してから五年になりますから慣れました」
「君は慣れが問題なのかね」
「ああ、そうですか。そういう風に聞こえますか。どちらかというと、あまり感想はないです。住んでいる町も、会社のあるこの町も」
「そんなものか」
「はい」
「じゃ、我が社について、どう思う」
 若い社員は熟考した。
「どう思う」
「はい」
 迂闊なことは言えない。
「慣れるといいです」
「社に慣れたかな」
「はい」
 上田はサツマイモを囓った。
「あのう」
「何かね」
「お茶があるのですが、如何ですか」
「ああ、気が利くねえ」
「僕はいいですから、専務がどうぞ」
「それはいけない。確かにサツマイモは喉が詰まるが、この程度は何ともない」
「そうですか」
 若い社員は弁当と一緒にお茶も買っていたのだが、キャップを外す勇気がない。自分だけ飲めないだろう」
「あのう」
「何かね」
「どうしてですか」
「何が」
「だから、そのイモです」
「ああ、これは常食でね。昼は蒸かしイモにしているんだ」
 しかし、新聞紙が解せない。他にあるだろう。
「ああ、これかい。蒸かしイモには新聞紙だよ。水分が維持出来るしね。他の包装紙や容器ではイモの感じはしない。本来は焼き芋がいいんだけどねえ。まあ、蒸かしイモの方が皮も柔らかく、そのままかじれる。それだけのことだ」
「はい」
「ところで、どうしてここでお食事を」
「サツマイモじゃないか、お食事と言うほどではない」
「はい」
「町を見るのが好きでねえ。それだけだよ」
「あ、はい」
「で、君は」
「僕は人目に触れないところで、弁当を食べようと思いまして」
「人間嫌いかね」
「いえ、遠足で、外で弁当を食べたのが美味しかったんです」
「ほう」
「だから、弁当は外で食べる方が美味しい」
「遠足で見晴らしのいいところで弁当にしたのかね」
「はい、山でも海でも、やはり弁当は外でとるものです。これは味が違います」
「ほう、いいねえ」
「あ、はい」
「私もサツマイモを食べながら町並みを見ていると、原点に戻れる」
「あ、そうなんですか」
「蒸かしイモはねえ、親父が食糧難の時代、食べていたらしいんだ。私もそれを真似てみた」
「はい」
「いいものだよ。町とサツマイモ」
「あ、はい」
「ところで、この町についてどう思う」
「サツマイモのフィルターが掛かりました」
「そうか」
 
   了


 


2014年3月2日

小説 川崎サイト