小説 川崎サイト

 

明太子

川崎ゆきお



「梅子」
「はい」
「明太子がないようだが」
「身体に悪いようですから」
「いや、あれは毎日食べるものなんだ」
「誰が決めたの」
「いや、だから、そういう習慣なんだ」
「血圧が上がりますよ」
「じゃ、普通のタラコでもいい」
「そう言うことじゃないの。贅沢なのよ。毎朝毎朝じゃ高く付くんだから」
「辛子明太子は私の唯一の楽しみなんだ。昼はいい。明太子を食べることが私の生きがいのようなものだ。昼はいい。我慢している」
「煙草もやめないし」
「我慢して本数減らしているよ。しかしこれは逆に増やしてしまう。これはニコチンが切れると駄目なんだ」
「コーヒーをよく飲むし、しかも缶コーヒー、高いのよ。それに空き缶捨てるの大変なんだから」
「カフェインが切れると体調悪くなる。死んだようになる」
「お酒を飲まないだけましだけど」
「そうだろ、だから明太子ぐらい朝夕出してくれよ」
「他が節約出来ないのなら、明太子しかないでしょ」
「明太子斬りか」
「食べなくても生きていけるわ」
「しかし、人には楽しみが必要だ。明太子がないと、これから先、味気ない人生になる」
「大袈裟な。最近じゃない明太子食べ出したの。私が買ったのがいけなかったんだけど」
「しかし、君は上着をよく買うねえ。コートもだ。あれはいいのか」
「だって、腰が痛くて」
「腰と、着るものとが関係するのかね」
「整形外科へ行ってるのよ。週に二回」
「それが何か」
「だからァ、同じもの毎回着て行けないでしょ。コートだけじゃなく、中に着る服も、いつも同じじゃ恥ずかしいわ」
「それは節約出来ないのかね」
「出来ないわ」
「そうか、しかし本当に腰が痛いのか」
「何てことを、痛いから通ってるのよ。今も、こうして話しているだけでも痛いのよ。声を出すとき腰に響くし」
「長いじゃないか。治療が悪いんじゃないのか」
「マッサージして貰うと元気になるの。翌日ましになってるし」
「まあ、腰痛は仕方がないにしても、着る服がそんなに必要なのか」
「まあね」
「あそこの整形、僕も行ったことがあるが、若いリハビリの先生が何人かいるねえ」
「だから、恥ずかしい格好で行けないのよ」
「そうか」
「それより、あなたのお母さん、何とかならない」
「何とかとは」
「近所に住んでいるから、たまに顔を合わすのよ。着ているものがねえ」
「僕もそれで、誕生日に服をプレゼントしたことがある。外出着だ。というより医者行きの服だ」
「知ってるわ。明るいプリント柄の」
「しっかり、着てくれているんだ」
「でも、ずっとあれよ」
「しかし、前よりはいいだろ」
「一寸派手すぎるんじゃない」
「あれしか着ていける服がないんだ。いつもは割烹着だ」
「見習いたくないわ。着せ替え人形のように、色々なのを着る楽しみがない人よ」
「そうじゃない。節約してるんだ」
「じゃ、あなたも明太子、もういいでしょ」
「分かった」
「良かった」
「自分の小遣いで買うのなら、問題はないだろ」
「そんなに明太子がいいの」
「ささやかな楽しみじゃないか」
「じゃ、自分でスーパーで買ってきなさいよ。自分のお金で。高いことがよく分かるから」
「ああ、覚悟の上だ」
 
   了


 


2014年3月5日

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