小説 川崎サイト

 

キツネ顔の男

川崎ゆきお



 キツネ目の男。昔あった犯罪事件の犯人像ではない。紛らわしいので、それを避け、キツネ顔の男と社内では呼ばれている。
 では、どういう男なのだろう。
 顔は確かにキツネに似ているが、それを言い出すと、人の顔はキツネかタヌキになる。どちらかに似ている。だから顔付きではなく、性格を差している。この男、キツネ目というほど目尻が釣り上がっていない。
 ずる賢い男で、悪く言えばそうなるが、よく言っても要領がいい……となる。
 これは何か。
 この小賢しく、要領がよく、ずるい男に付いていけば、安全だということだが、誰にでも出来ることではない。
 社で大きなことが決まったとき、困ったことになった。これからどういう風にするのかが分からないとき、キツネ顔の男の行動を見る。巧く立ち回っているのだ。
 なるほどそういう風にすればいいのかと、他の社員も思うのだが、なかなか実行できない。この男だけが出来ることなのかもしれない。
「彼かね」
「はい、相当の切れ者です」
「切れる奴は他にもいる。しかし、三十をすぎても、まだ平だろ」
「その年で係長になるのは希ですよ」
「そうだなあ、しかし、それほどの切れ者なら、なっていてもおかしくない。だから、大した者じゃない」
「そういうことで、私が推薦したわけではありません。専務の要求はそれではないでしょう」
「ああ、社のピンチで同業社も危ない。我が社だけではないからね」
「そこですよ」
「何処だ」
「だから、あのキツネ顔は、その手の切り抜け方が巧いのですよ」
「そこに当てはめるか」
   ★
 キツネ顔の男は重役室に呼ばれた。
「緊急危機プロジェクトを立ち上げる」
「はい」キツネ顔の男は感情を殺した声で答える。
「その室長は僕が兼任する。分からないように、別の役に着く」
「統括ですね」
「さすが察しがいい」
 統括とは広範囲のマネージャーのようなものだ。
「早速だが、切り抜ける方法はあるか」
「あのう」
「何かね」
「私もその室員になるのですか」
「駄目か」
「はい」
「今いる総務では忙しいだろう。ここで専念してもらいたい」
 キツネ顔の男はしばし黙った後「意見だけでは駄目ですか」と言った。
「どういうことだね」
「一言、言うだけで、もう私の仕事は終わります。そんなプロジェクトに専念しなくても」
「では、一発で決まるのか」
「はい、まず、そんなプロジェクトはすぐに廃止してください」
「何だ、それは」
「そういう部署を作った瞬間、もう煙が見られてしまいます」
「極秘のプロジェクトだ」
「漏れます。第一私に話したじゃないですか」
「君が漏らすと」
「私じゃなくても、分かりますよ」
「何でもいい。切り抜ける方法を出してくれ。それを聞きたい」
「まず、統括に意見がなければ駄目です。どうやらないようですから、誰かの案が採用されると思います」
「うむ、それで」
「専務はその案に従えるとは思えません」
「いい案なら従うよ」
「まず、専務にその資質がない。だから、その下では無理です」
「君は本当に社内での立ち回りが巧い社員なのかね」
「私は普通に仕事をしているだけです」
「じゃ、続けなさい。聞きましょう」
「無理です。そんな方法はありません」
「何だ、それは」
「もう手遅れです。というより時代でしょうねえ」
「その足音が近付いておるのは分かっておる。だから、手を打ちたいのだ」
「その方法を私などに命じるあたりで、もう終わっていますよ」
「君!」
 キツネ顔の男は部屋から立ち去った。そして社からも去った。
 早い目、早い目がコツのようだ。
 その後、早い目の男と呼ばれるだろう。
 
   了




2014年3月9日

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