青春の迷い道
川崎ゆきお
時代が次々と移り変わり、新しく新しくなってゆく。岸和田老人は昔の暮らしに固執しているわけではない。また、新しいもの、古いものという感覚もあまり抱いていない。ぼんやりと人生を過ごしてきたつもりはないが、これは本人がそう思っているだけなので、保証はない。
よくあるように、そこに青年が現れ、会話になる。
その青年は何処から現れたのかは分からない。気が付けば二人は岸和田老人宅の縁側でお茶を飲んでいた。桜の花が咲き、もう暖かい時期だ。
「そうだねえ、年を取ると、新しいものが苦手になるねえ。親しみの問題だろうよ」
「それは僕も同じです」
「まあ、君の場合の方が深刻じゃないのかね。避けて通れないこともあるだろう。私も勤めていた時代、パソコンが社に導入された。まあ、計算機のようなものだがね。これで伝票などを書けという。私は逃げたがね。しかし逃げ切れなかった。先代社長が会長になり、会社を任された息子がそういう改革というか、改新がしたかったんだろうねえ」
「それで、逃げ切れなかったわけですね」
「まあ、逆らえば首だろうよ。だって、仕事が出来ないのだからね。それを使わないと。そのパソコンはねえ、社内のパソコンとも繋がっているんだ。これはかなりお金が掛かっているよ。しかし、難儀な仕掛けにしたため、みんな困ったよ。若い人はいいけどね。私なんて、キーボードが先ず打てない。まあ、計算が多いからねえ、電卓だと思って使っていたよ」
「それは大変でしたねえ」
「君なんて、もっと大変だろ。目まぐるしく新しいものが出て来るから」
「ああ、まあ、適当ですよ。本気で覚えるときりがないですから」
「多いと、薄くなるのかね」
「はい、だから、新しいものが来ても、もうそれほど驚きませんよ」
「それは、私も同感だね。その後も色々と新しいものが来たよ。うちは設計事務所なだけどね。私は事務だから、設計はしないけど、ソウトで図面を書くんだ」
「キャドですね」
「そうそう。あれでかかなり振るい落とされたよ」
「はあ」
「お祓いのようなものさ。あれで、ベテランが多く辞めていった。まあ、独立したんだけどね。使えなかったんだよ。そのソフトを」
「でも設計士さん達でしょ」
「図面はベテランでも操作は素人だ」
「そうですねえ」
「図面を開くまでが大きな壁でねえ。開けてしまえば、若い者には負けんだろうが。それを考えると私は図面屋じゃなくてよかったよ」
「そうでしたか」
「古い時代に戻ろうとは思わんのは、戻れないからだろうねえ。時代は後戻りしないからねえ。私もそうだよ。だから、戻れないのなら、それは最初からないように考える。不可能なものだからね」
「今はどうですか」
「今とは」
「最近の新しい事柄なんかはどうですか」
「いいのもあるよ。便利になってねえ。まあ、何でもかんでも早く出来るようになったので、それはそれでいい。ただ、昔のように何もしない待ち時間というのが減ったねえ。まあ医者の待合は別にしてね」
「そうですか」
「ところで」
「はい」
「君は何だ?」
「あ、はい」
「どうして私の家の庭に入り込んだ。お茶まで飲んでおるぞ」
「岸和田さんが入れてくれたのですよ」
「そうか。しかし、君は誰だ、そこにいるから知り合いかと思ったが、見たことのない顔だ。今改めて気付いた」
「ああ、私は話し相手ですよ」
「そうか、そんなボランティアが来ておったのか」
「はい。今日は僕です」
「若いのに暇なのか。仕事はしておらんのかね」
「あ、はい」
「駄目じゃないか、こんな昼間からうろついていちゃ。私の話相手になってくれるのはいいが、君は無給だろ。サボっているのと同じだよ」
「はい、そうなんですが、何かお世話したくて」
「それより、君こそ世話が必要じゃないのかね」
「ああ、それは怖い話です」
「そうか、怖いか」
「考えたくありません」
「まあ、いい、だから、こんなことしないで、働きに出なさい。人のことなど考えず、しっかり収入を得んと、将来苦しいぞ」
「いえ、まだ青春ですから」
「まあ、そういうのは昔から変わっておらんようだなあ」
「はい、青春時代は迷い道ですから」
「青春の迷い道か。ああ、懐かしい」
了
2014年3月10日