地下街の壁をじっと見ている男がいる。そこだけテナントがなく、壁だけが数メートル続いている。地上との関係で店舗が造れないのか、または地下になっていないだけかもしれない。
スーツ姿のその男は勤め人のように見えるが、立ち止まったまま壁を見ている様子は尋常ではない。
「何かありますか?」
カマキリのようにひょろ長い警備員が声をかける。緑色の派手な制服が反射しているのか顔も緑っぽい。
「ここに入り口があってね」
「はあ?」
「だから、入り口があってね」
「ないですよ」
「いや、だからあったような気がしてね」
「全くないですよ」
「じゃあ、この壁の向こうはどうなってる?」
「さあ」
「分からない?」
「まあ」
「警備員の詰め所とかになってない」
「なってませんよ」
「じゃあ、どうなってる」
「デパートの地階でしょ」
「デパートはもう少し距離があるでしょ」
「そうですねえ」
「まあ、いい。そういう問題じゃないんだ。ここに入り口があったように思う」
言われて警備員も壁を観察した。
「古いですからねえ、この地下街。昔あったのかもしれませんよ。でもこの向こうは百貨店というか電鉄会社の敷地ですね」
「ホームがあったんだ」
「ホームはもっと先ですよ」
「昔はここにあったんだよ」
「お父さんは、それを思い出していたんですね」
「誰がお父さんだ」
「いや、お客様です」
「私は独身だ」
「事情は分かりました」
「まだ説明していないよ」
「だから、昔通路があったと」
「その入り口じゃない」
「はあ?」
「三日前にもあった。急いでいたので入らなかったがね」
警備員はカマのような手を顎に当てた。思案中ということだろう。
「時々魔界の蓋が開くんだよ」
警備員の目玉がカマキリのようにゴロリと動いた。
「と、言うよなロマンがあれば楽しいだろうという話さ」
了
2006年12月6日
|